「窮地」
ルーフはしばらくの間茂みの中で動けないでいた。
何かに怯えている意識は無いが、足は相変わらずガクガク震えている。
『どうする?どうする?』
ルーフは考えがまとまらない。
『グリンや隊長はハーピーに見つかっただろうか』
『ハーピー3体を相手に勝てるのか?』
そう考えている内に、迅代の命令を思い出す。
『そういえば、敵に遭遇したら逃げろ、だったな』
『いや、敵が向かってきたら一人で逃げろだったか・・・』
『もう、逃げても良い状況だよな』
『敵の領域で魔物が探しに来る状況だしな』
そうルーフは自分に言い訳をする。
しかしグリンの屈託のない表情が脳裏をかすめる。
『グリン・・・』
ルーフは頭を振る。
『何考えてんだ。あいつは隊長と一緒だ、勇者の、隊長と、だから、なんとかして・・・』
『あいつ、死にたくないとか言ってたよな』
『・・・』
「ちっ、様子ぐらい見て来るか」
自分に言い聞かせるように、小さな声を出して言う。
馬3頭を手綱で引きながら、物陰に隠れつつ、監視場所に向かう。
監視場所に近づくと、ハーピーが墜落して行く様子が見える。
『やったのか!』
上空を見てもハーピーの影は無い。
ルーフは急ぎ足で監視場所のふもとに向かう。
そこで、森の木々のような大きな物が動いているように見える。
『なんだ?』
『・・・』
『ト、トロールじゃねえか・・・』
しかも3体ほど居る。
『監視場所に、向かってる?』
『!!て事は』
ルーフは行き足を止めて、今度はじっくりと前方を観察しながら、監視場所に向かう。
『いた!』
オークを先頭に、数体のコボルドが付き従う。
そんな隊列が、少なくとも3つは居る。
そんな魔物の集団は、迅代達がいる山肌の足場の下に集結していた。
魔物たちは山肌のほうに注目していて、ルーフのほうには全く注意が向いていない。
『隊長たちの所にはそう簡単には攻め込めねえ』
『隊長は粘る気だな』
ルーフは少し安心して、様子をうかがう。
山肌の監視場所への道は1本、しかも道とは言えない、岩の飛び出た足場を登っていくしかない。
これならいくら大軍が居ても、足場には攻め込めない状況だった。
しかし、魔物たちも大人しくしていない。
トロールが手ごろな周囲の木を抜いて、即席の槍にして投げようとしていた。
これを、迅代も放置していない。
木を投げる姿勢を取るトロールに対し、2人でクロスボウで目を狙って射撃する。
1体のトロールは、見事に目に命中し、倒れ込んで苦しんでいる。戦闘不能となったようだ。
だが、他の2体は距離を取り、同時に木を投げつけてくる。
距離を取られた事と、木の投射で、迅代達はトロールを上手く狙えなくなったようだ。
クロスボウの矢はトロールの腕や、持っている木に当たり、致命傷は与えられない。
逆に木の投射がグリンに命中し、足場から放り出されそうになったようだ。
『グリン!』
ルーフは固唾をのんで2人の様子を見ている。
ルーフ一人ではそれしか出来ない。
『本当に、それしか出来ないのか?』
一応背負っているクロスボウを取り出す。
無論、戦う気など無かったので、矢は装填していない。
そのクロスボウを見てルーフは笑う。
『俺っちは、戦闘なんか出来やしねえ』
『生き残っていることが自慢の永年兵様よ』
一瞬よぎった援護射撃をすると言う選択肢を打ち消す。
しかし、少しの間に迅代とグリンの状況はさらに悪化していた。
グリンを助けようとした迅代も木の投射を受け、足場から落ちかけていた。
その上にトロールの木が迅代に直撃する。
衝撃で山肌に叩きつけられる迅代。
グリンはなんとか山肌にしがみついている状態だ。
そこを狙って、コボルドが弓矢の射撃を行う。
何本か矢が刺さってきているようだった。
それでも、グリンは山肌にへばり付いて、堪えている。
落ちれば最後、殺されると分かっているからだ。
『グ、グリン!くそ!』
再び、ルーフはクロスボウで援護を、という考えがもたげる。
ここで一人で撃っても、全くの多勢に無勢、一瞬で打ち負かされ、2人も助けられないだろう。
『どうすれば・・・』
ルーフはやはり見ているしかない状況だった。




