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「敵の後方へ」

迅代たちスカウト部隊の一行は、敵拠点の後方への行程の半分ほどに差し掛かっていた。

太陽は夕暮れに沈みかけている。

『この辺りで野営場所を探すか』

迅代はそう考えて、グリンとルーフに告げた。


三人で周囲を見て回った所、切り立った山肌を背に設営できそうな場所をルーフが見つけた。

そこにテントを広げることにした。

一応、敵のパトロールを警戒して、あまり大きく火は焚かない事にし、周囲が明るい内に食事も準備を済ませた。

食事は言わずと知れたパグルと干し肉、そしてお茶のみだった。

今回は全行程この食事だ。


グリンがパグルをかじりながら言う。

「隊長~、ずっとパグルと干し肉だけなんですよねえ」

「仕方ないだろ、仕入れ先は軍の補給部隊、兵士3名のみの行軍じゃあな」

そこでふと思い立って迅代は聞いてみた。

「ルーフ、お前ならこの軍の携行食料を美味くする方法を知ってるんじゃないか?」


ルーフの目がギラりと光る。

「隊長、知りたいですかい?」

いつもと違ったスゴ味が感じられる。

「お、おう、知りたいな」

迅代が雰囲気に気おされて、とまどう。


ニヤリ、としたルーフはゆっくりと立ち上がり、自分の荷物入れから、筒のような容器を取り出す。

「本当は秘密なんですが、前の燻製肉の礼ですぜ」

筒の上部に蓋が有り、その中には、赤色のペーストが詰まっていた。

そのペーストをナイフでひとすくいし、迅代とグリンのパグルの上に塗った。


「うげ、大丈夫なんですか?」

グリンはその毒々しい赤に恐れをなす。

迅代はくんくんと匂いを嗅いでみる。

「少し酸味が有る感じかな」

そして一口食べてみる。

「おお、うん、イケるな、弱いトウガラシのような、トマトの酸味のような・・・」

味が淡白で水分の少ないパグルにこの赤いペーストが酸味と辛みを与えてくれて、また水分も与えられ風味が変わる。

迅代はコクが少なく酸味が強い辛いケチャップのような味だと思った。


「隊長が言うなら」

と、グリンも勢いをつけて食べる。

「本当だ!想像してた感じじゃないけど、おいしい!」


「おいおい、俺の言う事より、隊長の言う事のほうを信じるのかよ、まあ、当然か」

ルーフが自分自身にツッコミを入れる。


「これは美味いな。いろいろなもの、パグルもだが、パンや茹でピローネにも合いそうだぞ」

迅代は感心する。

「グリンはこれを見るのは初めてなのか?」

「はい、こんなの見た事無かったです」

迅代は秘密と言うだけは有るな、と思った。


「これは売り出せばかなり売れそうだぞ。辛みで日持ちもしそうだ」

迅代はルーフに言う。

「へへん、それは俺の愛しい人の地元で伝わっている、赤いソースなんだぜい」

ルーフは鼻を赤くして自慢する。

「おいおい、愛しい人、と来たか」

迅代が話に乗る。

「へへ、キャリルって言う酒場の給仕なんですがね、北のほうの生まれとかで、これを教えてくれたんでさあ」

キャリルの話となると、饒舌になるルーフ。

遠征で酒場に行けない鬱憤がたまっていたため、その発散の場となったようだ。


「なんだ、おい、ルーフ、もしかして結婚とか考えてるのか?」

迅代はルーフを冷やかす。

「え、結婚?、そうでやすねぇ」

ルーフは考える目をする。

「まあ、キャリルも若くは無いので・・・お互いの気持ち次第でさあ」

なんだかニヒルにルーフが語る。

『こいつ、まんざらでも無いな』

迅代はルーフの態度を見て思った。


「そう言えばグリンにも婚約者が居るんだったな」

迅代がグリンに話を振る。

「はい、居ます、グレーテと言う子で服屋で働いているんですよ!」

「とっても可愛くて優しくて綺麗なんです!」

グリンは顔を赤くして答える。


「なんだと、オジさんはずっと兵隊暮らしだったのに、お前は結婚するとかしちゃうの?」

ルーフがなんだかグリンに絡む。

ずっと独身だったのに、という気持ちが有るせいか?


「はい、幸せにしたいので、結婚したいです。だから、死にたくないです」

一瞬グリンの言葉がよどむ。

「はっ!近衛隊の兵士は特に危険なんだぜい」

ルーフが脅す。

「そんな、死にたくないですよお」

グリンは泣きそうな顔で言う。

「近衛隊は王族や貴族の盾にされる場合が多いんだぜい」

「撤退時に人間の盾になれ~!ってなあ」

ルーフは顔を赤くしてグリンに講釈する。

「そんな、イヤです」

グリンの声にルーフは自慢げに言う。

「しかしだ、このルーフ様は26年近衛隊兵を勤めあげた永年兵、俺の言う事を聞いていれば安全だぁ」

「生き残るにはどうすればいいんですか!?」

「それは、危なくなったら逃げろ、それだけだぜい」

「でも、任務が・・・」

「命、大事だぜい・・・」


迅代はルーフの様子がおかしい事に気づく。

顔が赤く、すこし体が揺れている。

『こいつ、まさか』


「ルーフ永年兵!」

迅代が強い言葉で呼ぶ。

「は、はい!」

ルーフは背筋を伸ばす。

「お前、飲んでるだろ」

ルーフはバツの悪そうな顔をする。

ルーフのお茶がいつの間にか酒になっていた。


「ええ?軍事行動中にお酒??」

グリンは信じられないような顔をする。


「罰として、食事終了後、腕立て50回、酔いを醒ました後、最初の夜間の見張り番はお前だ」

迅代は怒った顔でルーフに告げた。


さすがのルーフも飲酒はやりすぎたと反省し、罰に従う事にした。

『こんなに軍務中にハメを外したのは、同期入隊の奴らが居た時以来だ。なあリーグ、アレオ・・・』

『俺も本当に年だ、引退する時期だろうな・・・』

そんな事を考えながら、必死で腕立て伏せを行っていた。

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