「義母との対話」
セレーニアは少し緊張していた。
あれほど招待されても頑なに理由を付けて避けてきた、リューベナッハ妃とのお茶の席に、クロスフィニア皇女が出席すると言う。
その席のお付きの者としてセレーニアに参加してほしいと、皇女から指名されたのだ。
『フィアも悩んだでしょう』
セレーニアは皇女の心中をおもんばかって、心の中で思いを巡らす。
クロスフィニア皇女は、リューベナッハ妃が自分の母。正妃ローゼスフィニアの死に関わっているのでは無いか?と疑心を持っていた。
だから母が逝去してから公式の場以外では、リューベナッハ妃と関わりを持たないような行動を取っていた。
しかし、今回、この場に出席するという事は、個人的な疑念やわだかまりを抑える事が出来るという自信?いや決心からなのだろう。
そうセレーニアは解釈していた。
お茶の席が設けられるのは、城の庭園の東側にあるガゼボ※で、バラ園の花を見ながらお茶が楽しめるようになっている場所だった。
※屋根が有り、休憩が出来るひと部屋程の建築物
はじめてのお茶会なので、誰かの部屋では政治的なバランスを欠くと考え、屋外にしたものと思われた。
セレーニアは、目下の立場であるクロスフィニア皇女が先に来ていて、リューベナッハ妃を迎える形が良いと考えていた。
しかし、まだ、クロスフィニア皇女は来ていなかった。
約束の刻限まではもう少し時間は有る。
しかし、待女達が忙しくテーブルのセッティングを行っており、いつリューベナッハ妃が現れてもおかしくない状況だった。
「あら、あなたは、そう、勇者ジンダイ様のお付きの・・・」
後ろから声を掛けられて驚くセレーニア。
振り返ると、そこにはリューベナッハ妃と幼い子が立っていた。
慌てて礼の姿勢を取り、かしこまるセレーニア。
「ご機嫌麗しく存じます。リューベナッハ皇妃殿下」
この辺りの反射神経は、外交を行ってきた者として身に沁みついていた。
「ヴィッツグリュン皇子殿下」
幼い子に対しても礼をする。
この幼い子は、リューベナッハ皇妃の第二子で、ボーズギア皇子の弟である、ヴィッツグリュン皇子であった。
「ご機嫌よう」
リューベナッハ皇妃は扇子で口を隠しながら返事をする。
「ごきげんよう」
子供らしい口調でヴィッツグリュン皇子も真似をする。
「クロスフィニア皇女はまだいらしていないのかしら?」
周囲を見回す素振りをしながらリューベナッハ妃は言う。
セレーニアはかしこまったまま言い訳をする。
「どうやら前のご予定が延びてしまっているらしく・・・」
「大変申し訳ございません」
「お席でお待ちいただきたく存じます」
「あら、お忙しい事」
そう言うと、ちょっと考えて、リューベナッハ妃はガゼボに向かう。
「そうね、では、お待ちしましょう」
リューベナッハ妃がヴィッツグリュン皇子の手を引いて動き出したところに、クロスフィニア皇女が向かって来るのが見える。
セレーニアはほっと胸をなでおろし、リューベナッハ妃をゆっくりエスコートする。
「お待たせして、失礼いたしました。リューベナッハ皇妃殿下、ヴィッツグリュン皇子殿下」
リューベナッハ妃が席に着こうとする頃、クロスフィニア皇女が声をかける。
声を聞いたリューベナッハ妃はゆっくり振り返って返事をする。
皇妃の顔はにこやかな雰囲気だった。
「あら、クロスフィニア皇女、待ったわけではありませんよ」
「時間も約束通りの頃合いでしょう」
そして一息入れて、リューベナッハ妃とヴィッツグリュン皇子が挨拶をする。
「ご機嫌よう、クロスフィニア皇女」
「ごきげんよう」
「ご機嫌麗しく、リューベナッハ皇妃殿下、ヴィッツグリュン皇子殿下」
クロスフィニア皇女も深く礼をし挨拶をする。
「こうして立派に成長したクロスフィニア皇女とゆっくり話す機会・・・恐らく初めてよね?」
「早速お茶を楽しみましょう」
リューベナッハ妃はクロスフィニア皇女に着席するよう促す。
「はい、皇妃殿下、わたくしも楽しみにしておりました」
クロスフィニア皇女もおだやに答える。
二人はテーブルを挟んで座り、待女が入れたお茶を前に歓談する。
ヴィッツグリュン皇子も同席はしているが、あまりじっとしていられないようだ。
「わたくしは政治向きの事はあまりわからないのですが、今は魔王軍も現れてさぞ大変なのでしょうね」
リューベナッハ妃の言葉に、クロスフィニアの傍らに立つセレーニアは考える。
『わからない、と前振りして、フィアに自由な考えを述べさせるつもりか』
「はい、ですが、すでに勇者は召喚され、魔王軍に対抗する体制が出来た事を、国の内外に知らせている所」
「趨勢を見てからでないと外国勢力も動き出してはいないでしょう」
「また、国民のほうも勇者様の召喚に心強く思っている事でしょう」
魔王軍の出現の影響を心配するリューベナッハ妃に、クロスフィニア皇女は見解を述べる。
その言葉に、セレーニアは思う。
『ここで、あえて、ボーズギア皇子が指揮する魔王軍討伐部隊には触れなかった。』
『皇妃殿下同席のところで、魔王軍討伐部隊に触れないのは違和感を感じるかも・・・』
「さすがはクロスフィニア皇女、聡明で頼もしい」
「おまけに勇者を召喚できるほどの魔法力の持ち主。正に我が国の守護女神と言っても過言では無いでしょう」
リューベナッハ妃はクロスフィニア皇女を褒める。
褒められたクロスフィニア皇女は、照れたような表情ですこしうつむく。
その表情に、扇子で口元を隠したリューベナッハ妃の目が緩む。
それを見ていたセレーニアは皇女の真意を感じていた。
『フィアはこんな表面での褒め言葉など本心とは思っていないだろう』
『それよりも、この事で変な対抗心でリューベナッハ皇妃殿下をやり込めないか心配・・・」
「時に、我が子、ボーズギア皇子も魔王軍の侵略を止めるべく、勇者様たちを率いて国のため出征しております」
「クロスフィニア皇女はボーズギア王子がこの戦いに勝てると思われますか?」
無表情に遠くを見ながらセレーニアはクロスフィニア皇女がどういう回答をするか心配していた。
『勇者様ではなく皇子殿下がか。恐らく、この辺りの考えがまずは知りたいための今回のお茶会なのだろう』
『とりあえずの支持か、それとも反目か』
「勇猛果敢に魔王軍との戦いに赴かれるボーズギア皇子殿下の姿勢は、我が国の姿勢を示すもの。内外で賞賛される事でしょう」
クロスフィニア皇女の言葉にリューベナッハ妃は満足そうにうなずく。
「しかし、少し勇者様に対する態度に敬意が足りなのでは?という声も聞き及んでおります」
クロスフィニア皇女のその言葉に、リューベナッハ妃の柔和だった目が見開かれる。
その場にいる者は場面が一瞬凍り付いたようにも感じた。
「ボーズギアが勇者様に敬意を欠いていると?」
リューベナッハ妃はクロスフィニア皇女に問い返す。
「それはあの4人目の勇者様の対応に関するものですか?」
リューベナッハ妃の目が鋭くなる。
それを見たセレーニアは冷や汗が流れる。話の流れによっては止めに入る覚悟をしていた。
ここで騒ぎを起こせば、セレーニアの経歴にも傷がつくだろうが、皇妃と皇女の決定的対立は阻止したかった。
「いえ、勇者様皆様に対するものです」
クロスフィニア皇女の言葉に気勢が削がれ、は?という顔になるリューベナッハ妃。
話が想定していたものと異なる流れに戸惑っているようだった。
「そ、それは、いったい、どういう・・・」
「先日、勇者同士の模擬戦が行われたと聞いております」
クロスフィニア皇女が続ける言葉にリューベナッハ妃の目は再び鋭さを増す。
「その時、公衆の面前で勇者様を殿として呼んでおられたとか。これでは敬意を欠いていると言わざるを得ません」
「勇者様は皇帝陛下が同等の権威とお認めになったお客人」
「それを皇子の位から、殿とお呼びになるのは、上下に配慮しない振るまいかと思います」
クロスフィニア皇女はここまで言って、言葉を区切った。
「は、はあ・・・そうですわね・・・」
確かにクロスフィニア皇女の言葉は正論だった。
「・・・ボーズギア皇子が、戻れば、正すように伝えましょう」
話をあらぬ方向にずらされて、リューベナッハ妃はこれ以上、ボーズギア皇子の話題が出せなかった。
緊張が解けた状況でふと見ると、ヴィッツグリュン皇子がクリームまみれになっていた。
リューベナッハ妃も皇子を放ってはおけず、今日のお茶会は終了となった。
お茶会が終わったとき、セレーニアは額に汗をかいていた。
『フィア、もう、かんべんして』
決定的な決別ではなく、ジャブをかませる結果になったが、どうなる事かと心配させられたセレーニアは一気に疲れていた。
でも、組するでもなく、対立するでもない態度で終えられたことは良かったと考えていた。




