「グリンの戦い」
太陽の位置がだんだんと天頂から傾き出した頃、グリンは撤退の準備を終えて迅代を待っていた。
野営地のカモフラージュも掘り上げた土を戻して完了していた。
後は迅代の帰還を待つだけだった。
しかし、迅代は現れない。
「戻ってこなくても探すな」と言う命令を受けている手前、探しに出ることは出来ない。
しかし、今の状態で迅代の帰還を待たずに撤退する事は、グリンには出来なかった。
そこで理屈を考えた。
探す事はしないが、森の入り口付近まで迎えに行くのは禁止されていないと。
ルーフと付き合う事で、抜け道の思考が身に付いて来たのかもしれない。
荷物を駄載した馬2頭はここに繋いでおき、グリン単身で様子を見に行くこととした。
万が一の時のために、連射クロスボウを携えて。
グリンが森の入り口に着くと、魔物が居た。
自分自身でも頭に血が上るのが分かる。
ただ、相手はこちらに気づいていないようなので、少し落ち着く。
オークのように見える。
ふと気づくと、横に獣のような奴もいた。
オークと獣の魔物はこちらに背を向けている。
慌てて見つからないように近くの岩陰に隠れる。
まず教えられた「魔物を見かけても攻撃するな」だ。
岩陰に隠れて落ち着いたグリンは、再度、魔物の様子を観察する。
何かに向かって警戒しながら歩いているようだ。
その先をよく見ると、緑の塊が河川敷に有った。
『隊長!』
さすがにこれは攻撃しない訳にはいかないと考え、慌ててクロスボウを準備する。
まさか魔物と出会うと思っていなかったので、矢の装填はしていなかった。
クロスボウの弦を引くための金具を引いて発射体制を整える。
そんな事をあたふたと行っている内に、周囲が一瞬で明るくなった。
隊長とオークたちの間で閃光が出現していた。
そして閃光の中から、隊長が走り出て、魔物の後ろに回り込むのが見える。
『援護射撃を!』と思ったがこの角度から撃てば隊長に当たりかねない。
距離にして40メルト※ちょっと、人間サイズの目標でもそんなに大きく見えない。
※約24m
しかしオークが棍棒を振り回し、もう一体の魔物と共に、隊長が倒れる。
その隊長に向かってオークが棍棒を振りかぶっている。
もう躊躇していられない、攪乱にでもなればと、距離を考え少し高めに撃つ。
「ひゅん!」
勢い良く鉄の矢が打ち出される。
胸辺りを狙ったが、下腹部に当たったようだ。オークの動きが一瞬止まる。
グリンは次発を撃つため、急いで弦を引く金具を操作する。
オークの動きが止まった隙に、隊長がオークに一撃を加えたようだ。
オークが呻きながら左ひざを地面に付ける。
今度はもう少し高めに撃つ。
「ひゅん!」
今度は少し左に逸れ、オークの右肩に当たった。
矢がオークに命中するのを見てグリンの気持ちが高まる。
散々射撃練習をしてきた成果が有ったと言うものだ。
そしてオークの後ろに回った隊長がトドメを差したようだ。
オークは倒れて動かなくなった。
グリンの初戦闘はこうして終わった。
オークが倒れた後、グリンは岩陰から姿を現し、迅代のほうに走り寄ろうとする。
しかし、迅代は左手をパーの字に広げて合図する。
『来るな、という事かな?』
何だか森のほうを警戒しているようだ。
『もしかして、まだ森に魔物がいるのかな?』
慌ててグリンはクロスボウを持って身構える。
少し様子を見た後、迅代は森のほうを向きながら、後ろずさってグリンのほうに来る。
「森に弓を持った奴が居た。もう撤退したようだが・・・警戒したほうが良い」
迅代の姿を見ると、左肩に矢が刺さっている。
「隊長、矢が」
グリンは驚いたように言う。
「ああ、やられた、しかし撤退が最優先だ」
迅代は平然と言う。
そして迅代は言った。
「グリン、ありがとう、助かった」
「援護射撃が無かったら、かなりまずい状況だった」
迅代の言葉にグリンは少し自信が持てた気がした。




