「敵地探索」
迅代は更に川の上流へ進んでいく。
すでに野営地から20kmほど上流に登っていた。
ここまで来るのに、警戒しながらという事も有って、4時間ほどがかかっていた。
川沿いにはこの位置まで、先ほどのゴブリンたち以外には注意するべきものは無かった。
そこで小休止を取る。
竹のようなもので出来た水筒の水を飲んでいると、少し騒がしさを感じる。
何かが接近してくるような感覚に思えた。
迅代は動きをスローにして、周囲に目を配る。
ぐるっと周回して見ると、右方向に、キラリと光るものが見えた。
迅代は息をのむ。
距離は15mほど先か。
その光ったものはもう光を放っていないが、よく観察したのでわかる。
槍の穂先だ。
先ほど見たオークに似ている者がその槍を肩に立てかけて抱えて持っていた。
良く見ると、前衛に、少し背は低く犬のような顔で防具を付けている人型も4体居た。
リガルドパーティーに居る獣人兄妹より、獣に近い風体で、全身体毛を覆われている。
『コボルドかも知れない』
そう思った迅代ははっとする。
コボルドは犬のような顔をしているのでにおいに敏感なのでは無いか。
今日はあまり風が無い。しかし漂った匂いで迅代の存在が気付かれるかも知れなかった。
4体+1体で5体。
戦闘となればかなり不利だ。
背負ってきた連射クロスボウをゆっくり下ろす。
近くにある相手側と遮蔽物になる木の幹の裏に身を移し、音を立てないように初弾を装填する。
そのまま奴らが進むと、少しづつ離れる方向に進む事になる。
匂いで気づかれ無いことを祈りつつ、クロスボウを抱えて魔物の集団の挙動を観察する。
4体のコボルト達は話しをしながら歩いているようだ。
少しでも注意力が散漫になるのはこちらにとってプラスになる。
オークと思われる者は、集団の中で少し背が高く、まじめに周囲を見張っているようだ。
『最初に狙うのはあのオークだな』
迅代はじっとオークの挙動を見守る。
魔物の集団は話しながらだんだんと離れていく。
どうやら迅代には気づかなかったようだ。
恐らく渓谷までは、あと20kmほどある。
この20kmラインぐらいまで、哨戒の兵力を動かしている事を、事実として地図に記録する。
『帰り道を考えると、あと5kmほどが今日は限界か・・・』
迅代は魔物の集団が十分に離れたのを確認して、行動を再開した。
更に一時間と少しを費やして、5km進んだ地点で停止する。
何か目印のようなものは無いかと周囲を見回す。
しかし、何もない。
ここで川の側へ顔を出し、上流と下流を確認する事にする。
今までは、木々の隙間の5mほど先の川の様子しか確認していなかった。
少しリスクは有るが、折り返すつもりなので、冒険する事にした。
出会い頭の遭遇を警戒し、さらにゆっくりと川のほうに進む。
森が途切れる地点で、木の幹を遮蔽物に、川の様子をうかがう。
何も居ないようだ。
沢のようになった川と岩がゴツゴツとしているが少し開けた河川敷が有るだけだ。
眼前に何もない事に安心して更に頭を出して周囲を見回す。
その風景に自然でない違和感を感じる。
『なんだ?』
瞬時に顔を引っ込め、迅代は汗ばむ。
違和感の付近を木の陰から観察する。
すこし先のほうだが、高見やぐらが組まれていた。
距離にして1kmほど先で、森の上に見張り台が顔を出している。
焦って見張り台の死角になるよう、体を木の幹に右側に動かす。
相手に見つからなかったことを祈りつつ、よく観察する。
見張り台の上では何人かの人影のようなものが動いていた。
もし油断して川縁に出てしまっていたら、見つかっていたかも知れない。
迅代は望遠鏡を取り出し、見張り台を確認する。
見張り台の上には、オークのような魔物と、翼を持った女性のような魔物が居た。
異常を見つけたら、翼の魔物が確認に飛ぶのだろう。
渓谷の15km前ぐらいになると、なかなか厳重な警戒をしているようだった。
この警戒態勢では川の開けた所に出てしまうとすぐに見つかってしまうだろう。
『今日はここまでか』
迅代は川に出て見る事も諦めて、撤収する事にした。




