「期待外れの勇者」
クロスフィニア皇女は、部屋の出入り口付近に居た待女に目配せした。
そのサインに待女は成金趣味のように見える、金の装飾に入ったローブを持参する。
「まずはこれをお召ください」クロスフィニア皇女は告げ、着付けをするよう待女に促す。
迅代はさすがに裸のままとはいかず、仕方なく成金趣味のローブを羽織ることにした。
「では、本日はこれで、失礼いたします」迅代が皇帝に声をかけると。
皇帝はうんと頷き、迅代を見送った。
迅代はローブ姿で、クロスフィニア皇女の案内されるまま、部屋を出て行った。
迅代が部屋を去るのを待っていたかのように、皇帝の横の女性が声を潜めてささやく。
「やはり、少し期待とは違った勇者様のようですね」
その年齢は30代に見える容姿だが美貌の持ち主だった。
「そう言うのは早計であろう」
皇帝も周囲に聞こえぬよう抑えた声で応える。
「召喚の贄が偶然にも少し余ったからと、余分に呼び出してみれば、ただの兵士という立場」
「先の3勇者様に大きく見劣りするのは、誰もが思う事でしょう」
女性は批判がましい口調で皇帝に告げる。
「うむ、だが、まだただの兵士とは言い切れぬだろう。それに礼儀はわきまえているようだ。」
「話は通じやすいのではないか?わたしは勇者アリーチェ殿の相手はもうしたくない」
そう言って皇帝は視線を逸らす。
「あら、陛下、アリーチェ様は途轍もない大魔法士。この戦いの勝敗をも決するかも知れません。上手く御せぬようでは困ります」
「しかしなあ、リューベナッハよ。クロスフィニアのような礼儀の少しでもアリーチェ殿にあれば、話も進めやすいのだがなあ」
その女性、リューベナッハは皇帝を責め立てるような目で言葉を継ぐ。
「アリーチェ様は年齢も幼く、異世界に召喚されるような事が突然起こり、不安でもあるのでしょう。」
「それだからこそ、そこに上手く付け込み、言う事を聞かせる術も有ろうというもの」
「そういう操心術は苦手でな」
「あら、皇帝陛下ともあろうお方が。よろしいですわ。私が協力してもらえるよう策をめぐらせましょう」
「うむ、頼む」皇帝は少し面倒そうに言った。
すっと、リューベナッハの目が細くなる。
「それと」
リューベナッハは続けて言う。
「こたび召喚された勇者ジンダイ様ですが、クロスフィニア様に対応いただく形にしていただけますか?」
その言葉に皇帝は視線をリューベナッハに戻し言う。
「勇者に特定の皇族を付けるような事など今まではしてこなかったが、何故だ?」
リューベナッハは視線を部屋の奥に向けて口を開く。
「すでに召喚したヴィンツ様、ザーリージャ様、そしてアリーチェ様のお三方は御するのに少し苦労が有りそうですので、私とボーズギア皇子が協力して力添えを頂くよう努めます」
「ジンダイ様はあのように御しやすそうな性格故、クロスフィニア様でも十分に協力が得られるように説得する事が出来ると思いますわ」
「うむ、そうだな。だが配下のような扱いではなく、あくまで協力の説得と言う意味での分担であるぞ」
リューベナッハは手に持った扇子で口元を隠す。
「もちろんですわ。皇族の力関係を揺るがすような下心などありません。ただ国を思えばこそですわ」
皇帝は白けた顔で言った「うむ、リューベナッハよ、十分わかっておる」
リューベナッハは扇子の下の口元を緩ませながら嬉しそうに言った。
「ありがとうございます、陛下、ボーズギアと共に、国のため、最大限の努力を惜しまない所存ですわ」
現在のブリムブリガ皇国は、いくつかの問題を抱えていた。
まずは魔王を名乗る者が魔族を率いて国家を脅かしている事。
これはいにしえの言い伝えにより勇者を召喚し対処することで凌いで来た。
もう一つは、皇位継承問題である。
第一皇女のクロスフィニアは18歳で国民の信任も厚く、人格的にも、知識、器量、国家運営のセンス共に優れたものを持っているという評価であった。
しかし、クロスフィニアを生んだ正妃はすでに亡くなり、第二皇妃であるリューベナッハが男子を二人産んだ。
このことで、男子皇族を推すグループと、クロスフィニアを推すグループとで、水面下の争いが起きていた。
リューベナッハが話したボーズギア皇子は第一皇子で17歳、クロスフィニアより年下ではあるが、男子が優遇されてきた皇族であるので次代の皇帝の第一候補であった。
皇帝もその状況は理解しており、今回の申し出も、リューベナッハが自身が生んだ皇子に後を継がせたいという思惑が有るからだとは分かっていた。
しかし、同時に、勇者を使いこなし、国家の危機を凌ぐ力を持つ皇子であるのなら、その実績は認めるべきであろうとも考えていた。