「裏切り者」
「こんな道、有りましたかね・・・ここいらは詳しいほうなんですが、覚えが無え・・・」
前を歩くゴロツキのリーダーが話しかけてくる。
不安のため、黙っていられなかったのだ。
ゴロツキのリーダの横に居る、子分の2人も目をキョロキョロさせて、周囲に気を配っている。
その後ろを、深い緑のローブを着た男が歩いて付いてきている。
そう、マルクと一緒に、魔王軍の一味である魔族の女と会っていた人物だった。
ローブの男はゴロツキのリーダーの言葉を無視して歩く。
ゴロツキのリーダーは答える気が無いローブの男の態度にムッと来たが、高額な報酬が支払われる仕事なので怒りは抑える事にした。
ローブの男は、あの魔族の女が死んだことは知っていた。
すでに魔王軍の包囲部隊は撃退され、マルクも死んだ。
ローブの男が魔族に組する動きを見せていたことを知る者は、もう居なくなった筈だった。
魔王軍に関わる事柄を隠蔽しようと考えていた矢先、いつも魔族の女との連絡に使っていた使徒のカラスがローブの男の部屋にメッセージを残していった。
「午後にいつもの場所に来い」とだけ書かれているメッセージを。
ローブの男は愕然とした。
今の情勢では、魔族や魔王軍にかかわるのは得策では無かった。
特にこのリシュター内では。
少なくとも魔王軍討伐部隊がここを離れるまでは。
しかし呼び出されてしまった場合、無視することも出来なかった。
無視した場合に相手がどう動くのかが全く想定できないという事が、今のローブの男にとって大きなリスクだった。
そもそも今回の呼び出しは相手が誰かもわかっていないので、動きを仮定する事すらできない。
まずは呼び出しに応じて、相手が誰かと、出方を見るしか選択肢は無かった。
「ここ、ですかね・・・」
ゴロツキのリーダーは立ち止まり、ローブの男の再び声をかける。
スラムの中にある1件の酒場の前まで来ていた。
そう、マルクが魔物を植え付けられた店だ。
ローブの男は顔も上げずに、くいっと首で指示を出す。
店に入りと言う意味と理解したゴロツキのリーダーは店のドアを開き中を覗き込む。
「ひぃ!!」
体格の良い薄気味の悪い男がゴロツキのリーダーの眼前に顔を突き出して、今にもぶつかりそうな距離感で対峙していた。
驚いたゴロツキのリーダーは反射的に腕を振り回す。
「この!!」
ゴロツキのリーダーは腕は宙を舞う。
一歩下がった体格の良い男は筋肉が盛り上がった右腕で今にもゴロツキのリーダーの頭を殴りつけようとしていた。
「やめろ」
ローブの男はとっさに声を上げる。
今にも殴りつけようとしてた男は眼前でパンチを留める。
「ブワッ!!」
恐ろしい勢いが付いていたことを示す風がゴロツキのリーダーの顔を撫でる。
汗が後方に飛び散るほどに。
ゴロツキのリーダーは声も出せずに固まっている。
恐らくこの男のパンチが直撃していれば、間違いなく頭を潰されていただろう。
少しの間、両者が睨み合う。
そしてゴロツキ達もローブの男も気づく。
腐乱死体が放つような異臭が店内から臭って来ていることに。




