「魔族の女」
部屋の外が騒がしい。
何の騒ぎだと、いぶかしんで、騎士アークスは、指揮官の首のある部屋から出て来た。
どうせまた、オーリアが何か騒ぎ立てているんだろう、という気持ちで。
当然「敵」が侵入している事など、想像していなかった。
「オーリア、何を騒いでる、ん?」
アークスは、廊下の先の階段の入り口で、カエルのようなものが腹を見せているのと、自分のカップが廊下に転がっている光景が見えた。
カエルの周りは濡れていて、すこし湯気が上がっているようだった。
「あいつ、俺のカップを」
アークスは、カエルに熱い茶をぶっかけたのか?と思いつつ、階段を見ると。オーリアが昇ってきている所だった。
「なんだ、オーリア、このカエルは?」
アークスは呆れたような顔でオーリアに尋ねる。
カエルの攻撃の混乱から落ち着いたオーリアは、階段を登った所の腹を見せているカエルを認めて言う。
「いやー、迷い込んだカエルと思ったんすけど、突然攻撃されて・・・」
オーリアは恐る恐るカエルを覗き込む。
「ぷは!カエルに攻撃されたのか!」
「くはは!、お前、カエルの攻撃ぐらい、防御しろよ、ふふはは!」
アークスは、そう声を張りながら、笑っている。
そんなアークスの態度にオーリアはふくれっ面で反論する。
「いや、凄かったんすから、こっちが近づくのを見越して、なにかビュ!って撃ち込んで来たんすから!」
そう言いながら、オーリアはまだカエルを警戒している。
「それに、こんなカエル、見た事無いっすよ」
「最初は丸々太ったヒキガエルと思ったんですが、変なヒレみたいなの有るし、口も大きくて、牙も有る?」
「おまけに短いけどシッポも有るっすよ」
そう言いながらオーリアは更にカエル、のようなものを詳しく観察する。
「この地方特有のカエルじゃないのか?」
顔は笑いながらアークスは思いついた理由を述べる。
「いや、カエルに牙なんか無いっすから、よく食べてるんで知ってるんすから」
オールアはアークスの説を完全否定する。
そんな時、突然、カエルを中心に、漆黒の円が広がる。
「うわわ、なんすか!」
「おお、おい!、なんだ!?」
オーリアとアークスは突然の出来事に一歩後ずさる。
そして、その漆黒の円から、女、いや、血色の悪い鋭い目をした人型の者が現れた。
紫のローブを纏ったその全身を露わにした途端、一瞬で周囲に禍々しい気が噴出する。
「ぐはあ!」
「うげ、っ、おええぇぇ」
禍々しい気に当てられて、アークスとオーリアはその場で気分が悪くなり、座り込む。
現れた者、魔族の女は鋭い怒りの目をして、二人を見る。
そして、オーリアを認めると右手に持った小さな杖上のバトンを振り上げる。
一瞬でバトンに魔力が満たされる。
オーリアを叩き潰そうとバトンを振るおうとした瞬間「ガシュ!!」背面の右肩口に矢が刺さる。
「ちっ!」
矢に驚いた魔族の女は振り返る。
「ガトン!」
突き刺さった重い金属の矢のほうは振り返りざまに、地面に落ちた。
貫通はしなかったようだった。
魔族の女が視線を送った先には、ヴォルカが部屋のドアを盾に、伏せ撃ち姿勢で連射クロスボウを構えていた。
「虫けらが、うっとうしいねえ!」
魔力を込めたバトンを、ヴォルカのほうに振り、魔力弾を放つ。
「ドオオオン!」
ドアに命中した魔力弾は、大きな音と共に、廊下の壁を破壊しつつ部屋のドアとヴォルカを吹き飛ばした。
「うう!!」
数メートル飛ばされたヴォルカは、ドアの陰に伏せていたおかげで軽傷だったが、連射クロスボウがどこかに飛ばされてしまった。
次弾を放とうとする魔族の女に、今度はアークスが短剣を振りかざし、襲い掛かる。
アークスは気の緩みから、自分の剣を部屋に置いて来てしまっていた。
手持ちの武器は、護身用と言うより、普段使いのナイフだけだった。
あまりメンテナンスもしていないので、切れ味は落ちていたが、貴族の叔父に騎士になった記念にもらった業物だった。
しかし、アークスの攻撃など、この魔族の女には無意味に等しかった。
全ての斬り込みを見切り、ついにはアークスに打撃を加えた。
「バシイイ!」
「ぐはっ!!」
魔族の女が軽く払った腕が、アークスの体に直撃する。
「ドオン!」
アークスは体ごと吹き飛ばされて、廊下の壁に強く当たり、全身を打ち付けてしまった。
アークス達では手に負えない、レベルの違う相手だった。




