「リシュターの憂鬱」
南東門から勇者ヴィンツは、騎乗し単身で、西門に急いで向かっていた。
伝令により、西門に強力な魔物戦士の集団が現れ、門が突破される危機にあるのだと聞いたためだ。
南東門は勇者アリーチェの魔法攻撃によって主力攻撃部隊と目された戦力は討伐され、小康状態を保っていた。
そこで、この防衛戦を指揮する軍師デカルテの依頼で、西門に回ってほしいと言うのだ。
西門に近付く。
馬上からは、西門の周囲から避難してきたと思われる避難民が、道端の広場や空き地に見られた。
それを見て、更に急ぐ。
しかし、西門付近に到着すると、リシュター領地軍の部隊は、そこかしこで休養を取っているようだった。
そして、西門に到着する。
門の周囲には、討伐された後のサーペントの死骸や、魔物兵らしき死体。
そして、戦士級の魔物兵の大柄な死体が運び込まれている所だった。
「すでに、終わったのか・・・」
その様子を見て勇者ヴィンツは行き足を止めた馬上から呟く。
そんなヴィンツの青い特徴的なプレートメイルを認めて、門の防衛の指揮官が近づいて来る。
「勇者ヴィンツ様!助けに来てくれたのですか!」
指揮官の言葉に勇者ヴィンツは頷いて聞く。
「しかし、すでに魔王軍の攻撃は撃退したようだな?」
そこで、指揮官はヴィンツに仔細を話す。
「まずは、ウェアウルフの集団が奇襲的に襲って来て、門の防衛の主力が迎撃したのですが」
「それに呼応して、門が水中から渡ってきた魔王軍部隊にも攻められ、一時、危険な状況だったのですが」
「白銀騎士リセルゼ様と勇者、あ、いえ、その、門の防衛部隊の頑張りで、なんとかせん滅することが出来ました」
指揮官が言いかけた、勇者と言う言葉に、ヴィンツは察する。
しかし、あえてリシュターの防衛戦力のみで討伐したものとして話す。
「なるほど、良く戦われ、自身の兵力で守り切られたとの事、わかり申した」
そこで、少し疑問が浮かび、続けて問う。
「ボーズギア司令官には救援を求め無かったのですか?」
その問いに、指揮官は答える。
「それが、城の司令部から魔王軍討伐部隊に救援を求めたようなのですが、返ってきた返事は、派遣している勇者を廻せとの事で・・・」
そして指揮官は目を逸らせて言う。
「そのために、南東門へ伝令を送る事となり、時間がかかってしまい・・・」
指揮官の言葉の裏には、その時間が犠牲を広げたという事も、勇者ヴィンツは理解した。
その言葉を聞き、勇者ヴィンツは目を瞑り、天を仰ぐ。
「詳細は分かった、ありがとう」
そう言うと、勇者ヴィンツは城のほうに馬を向けた。
軍師デカルテが居る城内に設けられた防衛司令部には、西門を攻撃した敵はせん滅した事。
殲滅後に勇者ヴィンツが西門到着した事。
そして、南東門の最後の強戦力、オルトロスがいつの間にか姿を消したこと。
分散して小チームで向かって来ていた、魔物兵のグループも順次撤退していることが確認された。
今回の南東門への襲撃は、無事に撃退することが出来たようだった。
戦闘は一旦終了したものと考え、南東門、および、攻撃を受けた西門の各兵員に警戒態勢に移行するよう伝令を走らせた。
しかし、弩弓が1基破壊されたのは痛手だった。
だが、2基目も破壊される事は防げ、恐らく本命であったであろう奇襲された西門も何とか守ることは出来た。
最悪の事態は避けることが出来た。
軍師デカルテは、勇者ジンダイの密かな介入、アークスの部隊による支援、そして、セレーニアが来援し、討伐に協力した事、などはまだ知っていなかった。
「今回は本当に運が良かったとしか言えない」
「西門は戦力見積もり上は占領されていてもおかしくなかった、はずだが・・・」
そう呟きながら、デカルテの部下の兵士と共に地図を見て考える。
「魔王軍討伐部隊の司令部は、大きな戦いの流れを見ておられないように感じます」
部下の兵士が、増援を拒否された事を批判し、言う。
当然だった。
西門が占領されれば、城塞都市リシュターが大きく不利になる。
そこを置いて、戦力を増援しない判断をしたことを、戦略眼の無さと考えたようだった。
しかし、軍師デカルテは違った考えを持っていた。
「いや、恐らく魔王軍討伐部隊の戦力が有れば、西門を占領されても容易に奪還出来ると考えているのだろうな」
「それほどの戦力なのだ、勇者とは」
デカルテは、ほぼ一人で魔王軍の侵攻部隊に痛撃を与えた勇者アリーチェの力を見たためだ。
「なるほど、そういう考え方をするんですね、中央の部隊は」
その兵士は感心したように話すが、デカルテは思っていた。
その裏には多くの兵士が犠牲になると言う事を考えなければ、それでも良いのだろうと。
兵士たちの命に責任を持つ者なら当然考える事を、魔王軍討伐部隊では置き去りにされているのでは無いのかと。




