「訓練」
「ゴーーーーン」
低く重い鐘の音が朝の風景に鳴り響く。
六刻の鐘の音だ。
この国では一刻毎に聖教会の鐘が鳴る。
国民が時間の目安をつけられるように。
兵練場の輸送伝令隊の隊舎前に、フールとグリンが戦闘装備で立っていた。
そこに迅代が、なにやら引き車を引きながら現れる。
「おはよう」
迅代は敬礼をする。
「おはようございます!」
両名が揃って敬礼をし、返事をする。
が二人の目は引き車に注がれていた。
「えー、本日は、各員の戦闘スキルの判定や適性を見て行きたいと思う」
「ルーフ、剣術、槍、弓などで得意なものを教えてくれ」
迅代はルーフのほうを見て言う。
「ずっと武器はショートソードを使ってきやしたが、後は槍は少し扱ったことが有るぐらいです」
「なるほど。グリンはどうか?」
「はい!ショートソードでしか訓練したことが有りません!」
「わかった」
「では、基礎運動の後、一度、ショートソードでの剣術を見せてもらおう」
軍で採用されている柔軟運動を一通り行った後、剣術訓練場に移動した。
二人を打ち込み練習用の木人形相手に打ち込ませ、剣筋などを見てみた。
結論は、基本的な動きは出来るが実戦には耐えられず、という感じだった。
護身のために剣を振るうのが精一杯だろう。
おまけにルーフは「今まで人を斬ったことが無いのが自慢でさあ」と言い出す始末だった。
八刻※になろうとする頃、迅代は休憩を取ると言い、二人を呼び寄せた。
※朝の8時ごろ
戦闘糧食の試作品として朝食代わり持ってきたものが有ると言う。
迅代が訓練場の隅ですでに湯を沸かしており、油脂で固めたソースを溶かし、すでに茹でたピローネに焼いた肉を混ぜた物にかける。
そして煮詰めてあったスープをお湯で薄め、3人分のスープとして用意した。
2人に食べてもらった感想では、十分に美味しく、温かいのは良い、との事だった。
『うーむ、味は良いとして、日持ちしないのが欠点か・・・』
『おそらくこの調理法では2日も過ぎるとピローネとスープは傷んでしまうだろう』
『ここはもう一工夫か』
そんな事を考えていた。
朝食後、2人を集め、クロスボウを取り出す。
「では、2人にはこのクロスボウの扱いを練習してもらう」
そう言うと、引き車の中からクロスボウを取り出した。
クロスボウを物珍しいように見る2人。
長さは6~70cmほどで、弓部が50cmほど。
尾部には肩当のように平らになっていた。
「まずは手本を見せる」
迅代はクロスボウの先端についているL字の金具を地面に付け足で踏み込み、クロスボウ本体を立てるようにして弓を引く。
弓引きには左手首に専用の金具を付けていて、弦を引っかけて背筋で弓を引く形だ。
「カチっ」
弦が引いた状態で固定された。
クロスボウに矢をセットする。
膝撃ち姿勢で、20mほど先にある木人形を狙い、発射する。
「ヒュン!」
「ズサッ!」
木人形の中心軸に矢が刺さる。
「おお」「ほー」
2人は感心する。
迅代は続ける。
「このクロスボウなら弓を引きながら狙うという事もしなくて良いので命中させることに集中できる」
「また、少しの時間なら弓を引いたままで置けるので、1射目は即応で撃てる」
「我が隊は基本的には接近戦をする部隊ではない」
「ショートソードで戦う時は、よっぽど追い詰められたときになる」
「まずは、このクロスボウの取り扱いに慣れてもらい、遠距離で敵を倒す事と、後退時の牽制に撃てることを中心に訓練する」
今は1丁しかクロスボウが無いので、2人に交代交代で取り扱いの練習をしてもらう事にした。
2人を指導しながら、迅代は考えていた。
『少ない人員で捜索を行うとするなら、機動力が必要だ・・・馬などが使えると良いんだが・・・』
『しかし、今から乗馬訓練をしていては出陣に間に合わないかも知れない』
「ゴーーーーン」
そうこうしている内に、十一刻の鐘が鳴った。
「では、午前の訓練はこれで終了とする」
「はい」「へい」
2人は少しくたびれているようだった。
輸送伝令部隊での訓練とは少し毛色が違うからだろうか。
「ひとつ聞いておきたいのだが、2人は乗馬などの経験は有るのか?」
迅代の言葉にルーフが答える。
「まあ、少しぐらいは乗れますがね。貴族様の馬を輸送したりしていましたから」
その言葉に迅代は勢いづく。
「なるほど、グリンはどうだ?」
「自分も早駆けぐらいまでなら・・・」
『なんだ、乗れないのは俺だけなのか?』
迅代は拍子抜けした。
『そういえば元輸送伝令隊であれば馬で連絡や輸送をする事も有るか・・・』
あわてて迅代は取り繕う。
「なるほど、参考になった」
「午後は昼食後、十三刻集合とする」
「では、解散」
敬礼をする迅代。
「へ、へーい」「はい」
2人は午後も訓練か、と勢い無く敬礼しながら返事をした。




