「魔王軍の奇襲」
迅代が魔王軍の陽動作戦に気づいた頃、西門の脅威が現実のものとなっていた。
ウェアウルフと呼ばれる人狼の一隊が、西門の攻撃に動きつつあった。
ウェアウルフは戦士級の魔王軍兵士で、パワーよりスピードを持った魔物だった。
しかし、そのパワーも人間で言う戦士や騎士に匹敵するもので、通常の兵士では敵にならない実力を持っていた。
そのウェアウルフはすでに夜間に南東門前から西門近くの2km地点にまで来て潜伏していた。
数は12体。
今の西門の警備を突破するには十分な数だった。
ウェアウルフは時速40kmで10分間走った後でも、戦闘力は変わらないと言う。
2kmほどの距離で有れば5分とかからない。
ウェアウルフ部隊のリーダーが合図すると、一斉に12体のウェアウルフが走り出す。
少しして防壁に居る監視兼戦闘部隊である弓兵が西門に向かうこの一隊を発見、急いで敵襲の狼煙を上げつつ、西門前線指揮所に連絡を取る。
「敵襲!!」
西門から兵士が出てきて、防衛陣地を守る兵士たちに告げる。
兵士たちは慌てて戦闘態勢を取る。
この中に、魔王軍討伐部隊から派遣された、騎士アークス率いる陽動攻撃部隊の面々も居た。
「敵襲!敵はすぐそこだ!」
叫んで回っている兵士の言葉を聞いて、アークスはぼやく。
「すぐそこって、見張りは何してたんだ?」
そう言いながら、各員に戦闘準備をさせる。
弓兵が中心の陽動攻撃部隊は、前衛はリシュター領地軍兵士に任せて、支援射撃に回る事になる。
アークスは敵の姿を認める。
まずは6体が片手剣を構えつつ揃って突撃してくる。
その後ろにもう何体か居そうだった。
近くにいるリシュター領地軍の指揮官に告げる。
「こっちは行動計画通り支援射撃に回る、前衛は頼む!」
そう言って、10mほど後退して距離を取る。
リシュター領地軍の指揮官はこっちを向いて手を上げ、了解の意思を示す。
アークスは剣を抜き、ロングボウ兵に目標を指し示す。
「距離100メルト!※、狙え!」
※約60m
「射て!」
6名の弓兵が放った矢が目標のウェアウルフ1体に集中する。
2本ほど矢は刺さったようだが、走るスピードは落ちていない。
「なんて奴だ!!」
アークスは思わず声を上げる。
「もう一度だ!、目標同じ!」
「射て!」
次の矢が同じウェアウルフを包む。
今度は足に命中した矢が有りガクンと走るスピードが落ちる。
その間に他のウェアウルフは30mほどの距離まで接近して来ていた。
「次の目標!!続けて射て!!」
アークスは敵の急激な接近に慌てながら別の1体に射つように指示する。
弓兵たちも慌てて次の目標に射かけるが、統一攻撃による密度が甘く、全て避けられてしまった。
そして防衛線の前までウェアウルフたちが達する。
総勢は1体脱落させたのみで11体。
ウェアウルフたちは防衛線で止まることなく、軽々と急増の堀を大きくジャンプして防衛線の内側に入り込んだ。
堀で迎え撃とうとしていたリシュター領地軍の兵士たちは、慌てて侵入してきたウェアウルフに襲い掛かる。
しかし、ウェアウルフは片手剣を一振りで同時に3人の兵士を叩き斬る。
別のウェアウルフは5名の兵士相手に、剣で攻撃を受け流しつつ、足技で兵士を次々と打ち倒していた。
連携した兵士数人が同時に槍で突こうとするが、恐ろしい反射神経でことごとく避けられてしまう。
一般兵士ではとても相手にならない。
弓兵の前には護衛役として、オーリアとヴォルカが膝着きの姿勢でクロスボウを構えていた。
「これは突破される、撃つ準備を」
ヴォルカはオーリアに告げる。
オーリアはゴクリとつばを飲み込み頷く。
アークスは弓兵にも近距離射撃の準備をさせる。
抜け出てきた1体を全員で集中攻撃するためだ。
魔王軍側は、防衛線の敵は弱いと見て、3体のウェアウルフをここに残し、残りの8体は西門のほうに向かって移動しだす。
無論3体でも、ここに居る兵士には十分に脅威だった。
一通り周囲の兵士を倒したウェアウルフの1体が、アークスたちのほうに目を向ける。
そして一気に薙ぎ払おうとダッシュで迫る。
その瞬間。
「ひゅん!」「ひゅん!」
「ザッ!」「ザッ!」
オーリアとヴォルカのクロスボウが発射され、迫ってくるウェアウルフの右肩と腹部にそれぞれの矢が命中した。
だが、いくら威力が高い連射クロスボウの鉄矢でも、ウェアウルフの足を止める事は出来ず、少し怯んだがまだ向かってこようとする。
しかし、この怯みを見逃さずにアークスは指示する。
「射て!」
アークスは目前に迫ったウェアウルフに剣を指し示す。
「ザッッザザッ!!」
発射命令と同時に射られた6本の矢すべてがウェアウルフの胸部に突き刺さる。
矢を受けると同時にウェアウルフは盛大にひっくり返って動かなくなった。
しかしウェアウルフはまだ2体居る。
とても安心できる状況ではなった。
その頃、西門前線指揮所では魔王軍討伐部隊に伝令を出し、勇者の派遣を要請していた。
また、軍師デカルテからも、魔王軍討伐部隊司令官宛に、西門の防衛に力を貸してほしい旨の要請を行っていた。
勇者の応援が来るまでの間、西門の門扉を閉じて、防護壁からの弓兵による攻撃で敵に対応する事とされた。
無論、橋の破壊は行われない。
しかし、兵士たちが西門の門扉を閉じる準備を行っている頃、西門の堀に架かる橋の下で光る眼が有った。
 




