「新たな動き」
夕日が落ちる頃、魔王軍討伐部隊所属の陽動攻撃部隊は、一旦警戒任務から解放された。
リシュター領地軍の増援部隊が到着したため、兵員に余裕が出来たからだ。
部下たちには夕食の配給に行くように伝え、騎士アークスは西門前線指揮所に顔を出す。
このまま部隊のために用意された宿舎に向かっても良かったが、敵情について何か聞いて置ければと思ってだった。
ヴォルカの評価は低いが、アークスは彼なりに良い上官であろうとしていた。
アークスが前線指揮所に入って見ると、居るのは2人だけで、ちょっと偉そうな人物と、騎士らしい男が話をしているようだった。
「魔王軍討伐部隊、陽動攻撃部隊隊長、アークス・トリッカーです」
「防衛陣地警戒任務を交代して戻りました」
室内に居る2人に向かって告げて、部屋に入る。
そこに居た2人は少し慌てたような態度をしているように見えた。
話を中断した偉そうに見える人物が口を開く。
「ご苦労様でした、リシュター領地軍の軍師、デカルテ・ガーブスと申します」
そう言ってアークスと握手する。
横に騎士も挨拶をする。
「小官は、リセルゼ・ゲレイゼ、このリシュターの守護騎士を拝命している」
リセルゼとも握手を交わす。
その名を聞いたアークスは思い出す。
「おお、白銀騎士という異名を持つ、リセルゼ殿でありましたか」
「数々の武勲を上げられた貴殿に会えて光栄です」
リセルゼは妙に、にこやかに握手をし、手を放す。
その後、少し沈黙が流れる。
話をしていた2人はその会話を再開するでもなく、軍師デカルテは地図を広げた机に目を落とし、騎士リセルゼは不自然に宙を見ている。
さすがに繊細さに欠けるアークスでも、マズいタイミングで割って入ってしまったか、と、感じる。
しかし、その辺りはあまり気にしないのが良い所でもあるアークスだった。
「軍師殿、もし良ければ、最新の敵情をお教え願えませんかな?」
そう言うアークスに、軍師デカルテはアークスを見つめる。
魔王軍討伐部隊では司令部の統制は厳格と聞いていたので、独自の情報収集をする指揮官が居るとは思っていなかったためだ。
ワンテンポ置いて、デカルテは言葉を返す。
「ええ、ご説明するのは構いません」
そう言いながら現在分かっている敵の配置や状況、そして、リシュター軍の配置状況の概略を説明する。
「ふむふむ、なるほど、まだ動きは無いのですね」
騎士アークスはそう言いながら、納得したようだった。
「ありがとうございます。我が部隊は、また、明日の朝から警戒任務で参ります。また敵情が変わりましたらお教え下さい」
アークスは礼を言う。
「ええ、よろしくお願いします」
軍師デカルテも儀礼的に返答をする。
そこで、声を潜めてアークスは言う。
「我が部隊は、勇者ジンダイ様の為なら出来る限りの事はするつもりです」
「さすがに司令官の命令には逆らえませんが」
「でも、困ったことが有れば、ご相談ください」
突然のアークスの申し出に、軍師デカルテと騎士リセルゼは返答を行えないで居た。
そんな状況に構わず、さっさとアークスは退出して行った。
何も言えなかった軍師デカルテと騎士アークスは取り残された感を感じつつ、顔を見合わせて話す。
「信頼出来るのでしょうか?」
リセルゼはデカルテに聞く。
「うむ、わかりませんな・・・そのうちジンダイ様にも聞いてみましょう」
デカルテはそう答えながら、風のように去って行ったアークスが出て行ったドアを見つめていた。
その日の深夜、魔王軍最大戦力が居る東門の敵軍に動きが有る事が察知された。
月明りの中、大型の物影が動いているのが、何カ所か見受けられた。
そしてよく観察すると、3カ所ある簡易陣地の中央部分で、大規模な兵員の配置転換を行っているようだった。
東門の戦闘指揮所から、警報が発せられる。
東門にて敵の攻撃行動の兆候有り、と。




