「戦闘状況:第三梯団侵攻」
敵の第三梯団が動き出したとの報告が西門前線指揮所に入ってきた。
敵はA区画を除く、B~Fの区画に向かって兵士が侵攻してきているとの報告だった。
迅代とリォンリーネ、そしてグスタージはまずはE区画で敵が接近してくるのを待っていた。
リォンリーネはロバのような小さな馬に乗せて、たずなを迅代が持っていた。
体力に自信が無いとリォンリーネが言うので苦肉の策だった。
「しっかし、大丈夫かいな、このエルフの姉さん」
グスタージは馬上で震えて縮こまっているリォンリーネを見て言う。
「へ、平気なんですよう。ちょっと怖いだけなんですよう」
リォンリーネは戦場に出て戦いに参加するのは初めてだった。
「リーネ、無理はしなくて良い、危険を感じたらすぐに撤退する」
迅代は怖がっているリォンリーネをそう言って励ます。
ふと見ると、すでに隣のF区画では敵との戦闘が始まっていた。
押し寄せる魔物兵を、兵士たちが防衛線からこっちに上げないように必死で戦っている。
しかし、今回の攻勢は今までとは違う。
数にモノを言わせて段差を前の兵士が台になって乗り越えて来ようとする。
さすがにこれでは、堀の段差を生かした防衛が出来ない。
『まずいな・・・』
迅代はF区画の様子を見て防衛線の維持が難しいと感じて来た。
「グスタージ、頼めるか?」
このままではF区画が崩壊すると見て、グスタージに介入を依頼する。
「しゃあないなあ、いっちょやったるか」
グスタージは小物の敵に乗り気はしないようだが、素早く、崩壊しかけたF区画に向かう。
だんだんとE区画にも敵の軍勢が押し寄せて来る。
50mほど手前に来た時、迅代は言う。
「リォン、準備!」
「はい!」
そして敵が20mほどの距離に来た時に迅代が叫ぶ。
「発射!」
リォンリーネは杖をかざすと前に魔法陣が展開され、その魔法陣が広がりながら3~40体ほどの敵集団に向かって行く。
そして魔法陣が通過した後の敵は、明らかに混乱をきたしていた。
動けない者、何かをわめく者、後ろから押されて転倒する者、挙句に怯えて武器を振り回して同士討ちをする者。
しかし、後ろからまた20体ほどの敵集団が押し寄せる。
「もう一回!」
「はい!」
同じく杖を向け魔法陣が広がり飛んでいく。
前の集団が混乱している上に、更に視界を失った新しい集団がぶつかる。
敵は完全に行き足を止めてしまった。
「攻撃!」
区画指揮官が打ち合わせた通り、混乱の敵集団に向かって攻撃を開始する。
混乱する敵集団の中に複数の火炎瓶が投げ込まれ、さらに混乱に拍車がかかる。
そして弓兵が敵を1体1体仕留めていく。
迅代はF区画の様子をちらっと見る。
グスタージはここぞとばかりに暴れまわって、数十体の敵を倒して防衛線を維持しているようだった。
100mほど向こうのD区画は、と見てみると、これもまた戦線が崩壊しかけていた。
堀に敵兵の死体が積み上がり、これを踏み台に敵兵が侵入していた。
「リーネ!、こっちへ!」
迅代はそう言うと、リォンリーネの乗る馬を連れてD区画に移動する。
契約兵たちがあふれ出た敵兵を討伐するが、次々と侵攻してきて、押し切られそうだった。
「リーネ、頼む!」
その言葉に、リォンリーネは杖をかざし魔法を発動する。
魔法陣が、あふれだしそうな敵集団を通過する。
視界を失った敵兵は、所かまわず暴れまわり、同じ魔王軍の兵士にも襲い掛かる。
そのおかげで、防衛側のリシュター軍は立て直す隙を得る。
まだ後ろから迫る集団を指さし、迅代は言う。
「今度はこっちを!」
リォンリーネは迅代が指さした集団に魔法を放つ。
突然視界を失った混乱によって次の集団の侵攻も止まる。
「ひええええ、へとへとですよう・・・」
連続で魔法を放つリォンリーネは泣き言を言い出す。
「もう魔力は尽きそうですか?」
迅代はリォンリーネに聞く。
「スモークはそんなに魔力は消費しないんですけど、馬に乗っていても緊張と疲れが・・・」
D区画は魔法による混乱のおかげで少し小康状態になる。
しかし、C区画も敵に破られそうだった。
「それなら我慢してください、今度はこっち!」
迅代はまたたずなを引いて、今度はC区画に向かう。
「ひやぁぁぁぁぁぁ」
リォンリーネは馬にしがみついて悲鳴を上げるのが精一杯だった。
C区画でも敵があふれ出していた。
ここは契約兵も押されて危機的状況だった。
またリォンリーネが魔法の杖をかざす。
とにかく敵の後方集団にレンジスモークの魔法を放って、混乱させて敵が増えるのを抑える。
そして、侵入済みの敵兵士を倒す、これの繰り返しだ。
しかし、3倍の敵が居る今回は、なかなか侵攻の勢いが衰えない。
その上、敵の死体を片付ける暇もないので、堀が死体によって埋まり浅くなってしまっている。
敵も二度三度とレンジスモークの魔法を受けて、無暗に同士討ちなどはしなくなってきていた。
一旦敵は停止するので時間稼ぎには有効だったが。
時間の経過とともに、この繰り返しではリシュター軍はジリ貧となり、いずれ防衛線は突破されるだろうと思われた。




