「魔王軍の影」
ワイバーン騒動での損害は小さなものでは無かった。
東門の守りの要の一つ、防衛陣地帯の最大の砦、カルボンデ砦と、パズボンデ砦が攻撃を受けた。
この砦の石壁などは残っていたが、ワイバーンの火炎で内部が焼かれ、補給物資や設備が失われた。
その上、兵員の損害も少なくなく、100名近い死傷者が出ていた。
リシュター領地軍ではヒーラー部隊などは存在せず、主な治療はポーション頼みだった。
そのポーションも近衛隊のような一級品ではなく、傷の治りも遅かった。
それでも、白銀騎士リセルゼの働きと、謎の味方、森の守護者の助けによって、損害は抑えられたほうと思われていた。
ワイバーンがもし東門まで向かって来ていれば、都市の防衛機構に大きな穴が開くところだった。
軍師デカルテと白銀騎士リセルゼ、そして軍政官は、再び領主リシュター公爵の元に呼ばれていた。
先日のワイバーン戦の報告を行うためだ。
今日は傍らに息子であるダイス・リシュターも参加していた。
最初に軍政官により損害状況の報告が行われた。
その報告に対して、リシュター公爵は、他の砦の資源を使っても早急の砦の復旧を命じた。
東門の砦をワイバーンが襲った意味を、リシュター公爵は偶然のものと考えてはいないようだった。
そして、話題は森の守護者の事に移った。
「それでは、結局、森の守護者は見つけられず、との事なのかや?」
リシュター公爵は軍師デカルテに聞く。
「は、リシュター公。討伐戦終了後直ぐに捜索を行ったのですが、見つけることは出来ませんでした」
デカルテは畏まって報告する。
リシュター公爵はお気に入りのゆったり座れる大きな椅子に体を預け、肩ひじをついて、デカルテの様子を見ていた。
デカルテは続ける。
「ですが、今回の事で、森の守護者はリシュターの都市内に居る事は間違いないでしょう」
「森の守護者の攻撃の音は、リシュターから聞こえており、騒動の時、都市の防壁外は、兵士が多数出ておりました」
「しかし、外で、森の守護者らしき者は見かけられませんでした」
リシュター公爵はその言葉を聞き、眠そうな表情になる。
その様子を見て、リシュター公爵の近くに座っていた息子のダイスが口を開いた。
「デ、デカルテ殿、リシュターの都市内を一斉に捜索して、探し出してはいかがかな?」
あまりこういった場で発言しないダイスは、少し上ずった声で尋ねた。
一拍、置いた後に、デカルテは口を開いた。
「正体や特徴が分かっていない状況では、捜索しても無駄骨になると思います」
「それと、森の守護者に敵対的な態度ととられるのは、得策では無いでしょう」
デカルテの反対意見にしゅんとなり黙ってしまうダイス。
それをちらりと横目で見て、デカルテに視線を合わせてリシュター公爵は口を開いた。
「あやつらは、我に敵対すると思うかや?」
デカルテは静かに答えた。
「敵対するつもりなら、リシュターへの災いをわざわざ解決しない、そう考えております」
リシュター公は白銀騎士リセルゼに向かい聞く。
「リセルゼよ、そちはどう思う?」
白銀騎士リセルゼはリシュター公爵を見据えて回答する。
「は、リシュター公、わたしは森の守護者に言わば2度救われた身でございます」
「領地軍の兵を、どうでも良いと思ったり、利用してやろうと思うなら、助けるような真似はしないでしょう」
「真の目的は分かりません。ですが、目の前で人が害されるのを黙って見ているような者でも無いという事でしょう」
リシュター公爵は、リセルゼの言葉に頷いて口を開く。
「だが、そんなあやふやな厚意に任せ、手をこまねいておるわけにもいかんのお」
「わしも城の展望から討伐戦を見ておったが、あの攻撃の威力は弩弓を凌駕するもの」
「敵対は厳禁、味方に引き入れるための譲歩は、どのようなものでも厭わんつもりであるぞよ」
結局のこの日の謁見でも、森の守護者の正体解明に進展は無かった。
ただし、領主がどのような譲歩をしても味方に引き入れると言う方針だけが示された。
その日の夜。
東門の先に続く道を50kmほど進んだ先にある森、リュンデの森の奥深く。
人が踏み入れない場所で、上空から見るとぼおっと光る領域が有った。
魔王軍の拠点であった。
この場所は原生林で人が足を踏み入れた形跡が無い奥地だった。
そこには、空間転移陣が作られていた。
魔王と部下の高位魔族の魔法力によって、ある程度の物を空間転移陣同士で転移させることが出来るものであった。
リシュターを襲っていたワイバーンやはぐれ魔獣と思われていたものは、全てこの地から派遣されていた。
魔物の大きさにもよるが、一日に、500体ほどの魔物部隊が転移してきていた。
この転移陣が完成してから、すでに20日ほどが経っていた。
そしてその中には、指揮官クラスの悪魔と、魔纏兵の姿もあった。




