「致命傷」
東壁門の2基の弩弓から発射された2本の大型の矢は、一直線にワイバーンを目指して飛んでいく。
狙われたワイバーンは未だ絡まるワイヤーと格闘していた。
「ガズッ!!」「ガガッ!!」
ワイバーンの胴と首に弩弓の矢が命中する。
近くで命中する様を見ていたリセルゼは驚愕する。
胴体に正面から当たった矢は、胴に傷をつける事は出来たが、突き刺さらなかった。
その矢は跳ね上がって宙に舞う。
首に当たった矢は右側に寄っていたため、首の一部をえぐったが、これも右側に跳ねて後方に飛んで行った。
弩弓の矢でも正面からでは致命傷を与えることは出来なかった。
「グオオオオオォォォォ!!!」
ワイバーンはダメージを受け大きな唸り声を上げ、怒り狂い、所かまわずに炎を吐き出す。
ブラックワームの糸のワイヤーは引っ張りには強いが、火や鋭利な刃物での切りつけには弱い。
絡んでいたワイヤーが炎で焼かれ、散り散りになる。
「まずい!退避だ!!」
リセルゼはそう部下に告げ、オーパとサージョンと共に、慌てて退避行動を取る。
しかし、ワイバーンは翼で風を起こし、退避する三人を吹き飛ばす。
「ぐぅ!」
強い突風に立っていられないで転がる三人。
転がって体勢を立て直そうとするリセルゼに、ワイバーンの足爪が迫る。
リセルゼはワイバーンの爪を剝き出しにした後ろ脚が何倍も大きく見える。
「ガギュィ!!」
鈍い音と同時に、ワイバーンの胴体の左胸の少し横に、こぶし大の深い穴が開いて血が噴き出した。
不意の深いダメージを受けてよろめいたワイバーンは、リセルゼに向けた足爪を宙にさまよわせる。
「ギャウ!!」
短い悲鳴のような声を発し、ワイバーンが後退する。
そして遅れて奇妙な音が周囲に響く。
「キュィィィィィィ・・・・」
音速を超えた弾丸がワイバーンの胴体を貫いたのだ。
ワイバーンは飛ぼうとするが、翼を動かす筋肉にダメージを受けたようで、左翼が上手く羽ばたけないようだ。
「ガリッ!!」
そこに今度はワイバーンの顔の右側で血飛沫が舞う。
「キャウウゥゥゥゥゥゥ!!!!」
まるで悲鳴のような声を上げるワイバーン。
長い鼻ずらの右側の表皮がえぐれたが、強固な骨に当たって、弾丸が跳ね飛ばされたようだった。
そしてまた奇妙な音が周囲に響く。
「キュィィィィィィ・・・・」
「この音は・・・森の守護者なのか?」
リセルゼは周囲を見回すが、部下の二人以外の人は見えない。
不意に、そんなリセルゼの視界の端、遠く後方にあるリシュターの防壁でキラリと小さな光が見えた気がした。
「ガン!!!」
次の瞬間、口を開けて炎を吐こうとしていたワイバーンの後頭部に血飛沫が噴き出した。
弾丸が口から突入し、後頭部に抜けて行ったためだ。
ワイバーンはもうろうと立っているが、そこに精気は無かった。
瞳は血で濁り、開いた口からも血が垂れ出ていた。
「キュィィィィィィ・・・・」
また音が響く。
その音に合わせるように、ワイバーンはゆっくりと体が傾斜していく。
そして、自立している足のバランスが崩れ、一気に倒れ込んだ。
さすがに、この一撃は致命傷となったようだ。
「ドオオオン!!」
ワイバーンが倒れた後、必死で行われていた戦闘の喧騒が嘘のように静かになった。
時間が経過するにつれ、少しづつリセルゼの耳に周囲の音が入ってくるようになった。
ワイバーンの血が流れ出る音。
火災で燃え続ける砦。
そして、部下二人が立ち上がる音。
「倒せた、のか」
リセルゼは独り言を言うように呟いた。
未だに信じられない勝利を現実のものと自覚したいがための行為だった。




