「定例政策会議」
リシュター領の食糧不足は一進一退の状況となっていた。
一時、商人たちが今後を見越した売り控えも有り、食料価格が暴騰し、危機的な状況となっていた。
しかし、魔獣や盗賊などの出現によって一時的に途絶えていた、他領地との流通が、回復の兆しを見せていた。
これにより、食料の流入が再開したが、まだ、完全に回復した訳では無いため、価格も高止まりしている状況だった。
そんな中、リシュター城では月に一度の定例政策会議が行われていた。
この会議では、領主ダノン・リシュター公爵を議長とし、行政、軍事、財政の状況報告と方針決定の場であった。
その議場のテーブルの上座に、リシュター公爵は、ゆったりと腰掛けられる椅子に、贅沢な飲食の賜物と思える大きなゆったりとした体を預けていた。
横には執事長が微動だにせずに立っている。
議場のテーブルには、財政官、行政官、そして、軍務官と軍師であるデカルテが居並ぶ。
通常はここに、公爵の子息であるダイスも居るのだが、今日は所用で欠席との事だった。
最初の議題として行われた、領地の財政状況の報告は芳しくなかった。
食料と共に、交易も他領地との間では滞り気味で、商人や輸送業者に多くの死傷者も出ていた。
そして食糧倉庫の火災の復旧は未だ手付かずで、食料備蓄を増やすことは今は出来ない状況だった。
次に、行政を議題として報告が行われた。
食料高騰により、治安の悪化傾向が見られ、また、交易量の低下により、商店や住民の収入は減っている状況だった。
計画されていた城壁の補修工事は一時停止し、食料調達と流通施策に力を入れる事となった。
そして軍事の議題では、周辺に跋扈する、魔獣や盗賊の状況について説明がなされた。
都市リシュターの周辺で、同時多発的に出現した魔獣や盗賊だが、徐々に勢力が小さくなってきているようだとの説明がなされた。
「森の守護者」というリシュター周辺の村々で伝えられている伝承の戦士が現れ、魔獣や盗賊を退治して行っている、とのうわさが有る事が伝えられた。
だがこの事は町でも噂が出回っており、皆が知っている事だった。
「森の守護者」に助けられた者からは、奇妙なキュルルという音が響き、魔獣などが吹き飛ばされる場面を見たものが居た。
しかし、その「森の守護者」は姿は見せず、魔獣たちを倒してそのまま去って行くのだという。
軍務官が説明の最後に言った。
「本当に森の守護者が居るかどうかですが、そういう存在が居なければ退治される魔獣の説明が付かないという事です」
リシュター公爵は不満そうな顔をして言った。
「ボランティアなのか、正義の味方気取りなのか、功も誇らず、報酬も求めず、とは気に入らんのお」
その場の皆が苦笑した。
リシュター公爵は実利主義者で有名で、働きに対して、何も求めない者など信用できないと考えでいた。
「しかし、この「森の守護者」によって、魔獣の脅威が少なからず収まっているのも事実」
軍師デカルテは口を挟む。
それに対しリシュター公爵は問いかける。
「デカルテよ、調査のほうはどうなっておるのかや?」
軍師デカルテはその言葉に回答する。
「リシュター公、これまで「森の守護者」が関与したと思われるケースは4件あります」
「1件目は3体のAクラスのサーペントの類を討伐し白銀騎士が助けられた件」
「2件目はオーガ率いる盗賊団に襲われた領地軍部隊を救出した件」
「3件目は6体のBクラスの狼系魔獣に襲われた隊商を救出した件」
「4件目は昨日なのですが森の入り口付近でAクラスの魔物ヘルハウンドの死骸が発見された件」
「以上です。4件目以外は人が近くにおり、武器の発する奇妙な音を聞いております」
「そして4件目も、森の守護者の武器の特徴である、頭部が破裂したような潰れ方をした遺骸でした」
「ですが、森の守護者の存在そのものについては、未だ不明なのです」
リシュター公爵はジロリと軍師デカルテを睨んで言った。
「こやつか、こやつらか、それは分からんが、早く尻尾を捉まえて、手中にしたいものよのお」
「勇者、に匹敵するような力ではないか」
「この力が有れば、今後の我が領の治世が面白くなるとはおもわぬかや?」
軍師デカルテは無言で畏まり、返答はしなかった。
リシュター公爵は、ふん、と面白くなさそうな顔をして、ふんぞり返った。
「失礼いたします」
そこに、軍務官の部下が近づいてきて、軍務官に何やら耳打ちをする。
同時に聞いていた軍師デカルテは「なんと!」と声を出した。
「何事ぞ?」
リシュター公爵はふんぞりかえったまま聞いた。
「はっ、リシュター公、東の防衛陣地に、ワイバーンが現れ、襲われているとの事です!」
軍務官はリシュター公爵に報告する。
「ワイバーン、ワイバーンであると!?」
リシュター公爵もさすがに目を白黒させて慌てた声を上げた。




