「乙女」
迅代が思わず突いて出た声と、姿を見て、平民服姿の美しい女性は、わなわなと震えて、両手を口元に添えて涙声で言った。
「ジンダイ・・・様」
その女性、セレーニアは、両手で口元を抑え、顔は赤面し、瞳からあふれ出る涙を抑える事も出来ず、立ち尽くしていた。
「ううぅ、ううっ」
どうやら泣く事しかできないようだった。
その横に居たもう一人の若い女性、アレジアは驚いていた。
いつも凛として、恐れるものを知らないようなセレーニアしか見た事が無かったからだ。
それが今はどうだ、まるで乙女だった。
セレーニアの目の前に現れた、緑髪で茶色いメガネをした青年は、一見、迅代とは思えないが、顔をよく見れば勇者ジンダイだった。
「せ、セレーニアさん?」
迅代も突然の再会に驚きながら、セレーニアの態度に困惑して、再度、恐る恐る声をかける。
「ご無事で・・・本当に、ご無事で良かったです!」
セレーニアはそう言って、今度は両手で顔を覆う。
セレーニア自身、そういった態度を取るつもりは全く無かった。
しかし、自然と立ちすくみ、自然と涙が出て来て、動けなかったのだった。
「あ、あれえ・・・」
そこで、二人の真ん中に挟まったリォンリーネが勢いよく突入した姿のままで固まっている。
商売相手に舐められないようにと気負って店に入ったのに、どうやらそういう雰囲気では無さそうだった。
それに今下手な事を言えば、雰囲気をぶち壊しそうで、どうすればよいか分からないでいた。
そんなリォンリーネを認めて、店主のような男、パットは、リォンリーネに手招きをして、助け船を出した。
その手招きに応じて、リォンリーネはパットのほうに移動する。
遮るものがなくなった迅代とセレーニアは再会を喜び合う言葉を交わすことが出来た。
迅代はセレーニアに近付き言った。
「なんとか、無事で、今まで生きていられました」
その言葉にセレーニアは涙を手で拭って言う。
「ジンダイ様、魔王軍討伐部隊では大変なご苦労をなさったと聞いています」
「でも、ジンダイ様が悪い訳ではない事は、調査でわかっています」
セレーニアはなんとかまともに話せるようには落ち着いた。
セレーニアの言葉に迅代は聞く。
「俺はアーロス領では手配されていたんですが、それはどうなっていますか?」
迅代の言葉に、セレーニアは説明する。
「実は、公にはされていないのですが、アーロス領主のアーロス子爵は暗殺されたのです」
「暗殺!?」
迅代は戦闘前に会ったアーロス子爵を思い出す。
「ええ、アーロス子爵は、皇帝陛下の判断に逆らい、勇者ジンダイを犯罪者のように扱って手配しました」
「その反逆行為を追及する、衆人環視の場で、堂々と暗殺され、その実行犯も分からないままなのです」
「この暗殺で最も利益を得たのは手配を指示したと思われる皇子殿下でしたが、皇子殿下もこの暗殺に驚いていたようでした」
「とにかく公に手配が行われている、と言うような事は有りません」
その言葉を聞いて迅代はほっとする。
しかし、ボーズギア皇子にそこまで目の敵にされていたとは、迅代自身は困惑しか無かった。
皇子と言う地位にある人物ではあるが、内にある、コンプレックスや劣等感を知らないと、行動原理が分かるはずも無かったが。
「しかし、今すぐには、ジンダイ様の存在をお示しにならないほうが良いかも知れません」
セレーニアの言葉に迅代は問い返す。
「それは、どういう?」
セレーニアはリシュターの街でも聞いた奇妙な噂の話を持ち出す。
「市街では相変わらず、勇者ジンダイの悪行が噂されているのはご存じですか?」
「ええ、知っています」
「その場に居ない出来事でも勇者ジンダイが手引きしたことになっていて、変な話です」
迅代は腹立たしかったがどうしようもなかった。
セレーニアは説明を続ける。
「その噂は、クロスフィニア殿下の対抗勢力が組織的に流しているもののようです」
「同時に、複数の領地の主要都市で流されていますから」
「ひどいなあ・・・」
一種の謀略のダシにされていたのだ。迅代の怒りは増す。
「今、ジンダイ様の存在が示されると、対抗勢力は実力行使をしてくるかもしれません」
「それほど、クロスフィニア殿下の対抗勢力は失点が続いているのです」
「そこで、ジンダイ様との連絡も付いたことですし、今後の動き方について相談があるのです」
セレーニアはそう言うとパットのほうを向く、するとパットが頷いて、店の奥に案内すると言った。




