「敗戦」
---ザーリージャ戦前日---
迅代はザーリージャとどのように戦闘を運ぶか考えていた。
ザーリージャは対戦相手に手加減しない所が有ると聞いており、仮にも勇者同士の戦いなので、更に強力な攻めを見せるかもしれない。
ザーリージャは戦斧やメイスなどの大物打撃系の武器を好んで使っていた。
『小回りを考えるならメイスか、片手斧か・・・』
それといつも戦いに片手剣を装備している事も気になっていた。
未だ後腰にさしたままで鞘から抜いたことは無いらしいのだが。
恐らく、ここぞという時に左手で扱うのだろうと考えた。
右手に目立つ派手な武器や大型武器。
そこで決着がつかない場合の決め手では無いか?と想定した。
『ここはサブナイフも使うことになるかも知れない』
迅代は、ザーリージャが右手でメイスを打撃し、間髪入れず、左手で剣で切ッ捌く、そんな姿を想像した。
『両方とも軽い攻撃な訳が無い』
『ナイフが折れれば、負け確定。もしかしたら命も危ないかもしれないな・・・』
迅代の見積もりでは、粘ることは出来ても、勝つことはとても無理だろう。
『ここはどう粘るか、が、目標か・・・』
セレーニアを呼び出し、考えた事、明日の落としどころなどを話す。
そして、武器を強化できる魔法が有ると言っていたが、迅代でも使えそうなものか聞いた。
時間の合間を見て、セレーニアには魔法を習っているが、まだまだ初心者だ。
セレーニアは少し考えて言った。
「そうですね・・・ならば呪符を使いましょう」
「呪符?」
「ええ、呪符は魔法効果を封じたお札で、保有者の好きなタイミングで魔力を注げば、魔法が発動する道具です」
「それは便利だな」
迅代は感心する。
「ただ、1回限りの使用となり、それなりの価格はします」
「なるほど・・・それを調達するのは難しいんでしょうか?」
金の事を言われて少し迅代はたじろぐ。
「いえ、ジンダイ様が必要なのであればご用意できます」
迅代はほっとした顔で会話を続ける。
「な、なるほど、では金属剛性強化や金属の粘りを増すようなものは有るんでしょうか?」
「鉄武装強化のハイレベルのものを数枚用意できるでしょう」
恐らく高価なものであるのだろうが、セレーニアは顔色も変えずに言葉を返す。
「ありがとう、助かります」
心なしか迅代の返事が丁寧だった。
---そして模擬戦後---
兵練場の真ん中で、ぼろ布のように倒れている迅代。
しかし、十分準備をしたおかげで、「負けるだけで済んだ」ようだった
セレーニアが叫ぶ「ヒーラー隊手当を!」
迅代にかけよるセレーニアとヒーラー隊。
それをつまらなそうに見るザーリージャ。
そして、何故止めた、と怒りに沸いているボーズギア皇子。
ギャラリーはざわざわし出す。
ザーリージャの恐怖に当てられ、声も出なかった人々が、次第に我に返って、口々に話している。
「やり過ぎじゃないのか?」
そんな声がボーズギア皇子の耳に入り、怒りから我に返る。
『批判が起こるのはマズい。この結果を良い方向に持っていくには・・・』
ボーズギア皇子が席から立ち、叫ぶ。
「さすが勇者ザーリージャ殿、見事な勝ち方だった」
「ザーリージャ殿が味方である限り、我々は何の心配もないだろう」
「速攻撃破の勇者ザーリージャ殿!、どんな魔もこの速度で打ち払ってくれるだろう!」
ボーズギア皇子が声と共に右手を上げる。
そうだ、彼女は「自分たちの側の勇者様だ」と思い出した人々は、徐々に歓声を上げて言った。
「頼むぞー勇者様ー」
「魔族を滅ぼしてくれー」
「わたしたちを守ってー」
そんな歓声を、ザーリージャはつまらなそうに見ていた。
雰囲気を戻すことに成功し、ほっとするボーズギア皇子。
迅代が、あれだけの速攻打撃でまさか死なないとは思っていなかったが、まあ良いと考えた。
まだまだ皇女に失点のために働いてもらえば良いと。
しかし、この場に居た何人かの人間は、この戦いに思う所が有ったようだった。
勇者ヴィンツもその一人であった。




