「賦質」
「クロスフィニア殿下、お足元、ご注意ください」
馬車から降りたクロスフィニア皇女を、皇国遺跡調査室の室長であるモーゼリンは声をかけ、エスコートする。
「ありがとう、モーゼリン卿」
クロスフィニアはいつものドレスと異なり、野外を歩くためにあつらえたパンツスタイルで馬車から降り立った。
それでも、こんな森の中に足を踏み入れるには、華美すぎる容姿が際立っていたが。
「ここからは馬車では通れませんので、馬でご案内いたします」
モーゼリンは馬を2頭引いてくる。
そして、近衛隊から護衛として派遣された騎乗した騎士2名と、皇女、モーゼリンの4名が馬で移動する。
その後ろには、遺跡の研究員3名と、荷物運搬の人足が4名が徒歩でついて行く事になる。
その周囲を、リガルドのパーティーが護衛する形だ。
馬に乗ったクロスフィニア皇女を、グリーナとイリナは憧れのまなざしで見ていた。
「ふわー、お姫様、初めて見た」
イリナがぼーっと皇女の姿を見て呟く。
グリーナは少し顔を赤くして、皇女を見つめているが何も言わない。
馬に乗ったクロスフィニア皇女は、イリナたちのほうに馬を向ける。
「わ、こっちに来るよ」
イリナがグリーナをつつきながら言う。
グリーナはどうしていいか分からず、少し動揺しているようだった。
「馬上から、失礼します」
「今日は、護衛のほう、よろしくお願いしますね」
クロスフィニア皇女はイリナ、グリーナ、そして、少し後ろで木にもたれ掛っているリガルドに挨拶をする。
「はい!」
イリナは元気よく返事をする。
リガルドとグリーナはかしこまって頷いただけだった。
「あら・・・」
クロスフィニア皇女はリガルドを見て気づく。
「以前、お会いしたことが・・・」
皇女の言葉に、リガルドはかしこまって告げる。
「ええ、昔、御前試合で優勝した際に祝福を頂きました」
「皇女殿下もご壮健で何よりです」
イリナはリガルドが皇女と知り合いであることに驚いたようだった。
皇女一行は、以前に、調査を行った、勇者にゆかりが有ると言う旧教の遺跡を目指していた。
旧教は今の聖教が伝播する前に、広く信仰されていた宗教で、最初の勇者は旧教の巫女により召喚されたという伝承のみが残っていた。
聖教が普及した後の皇国では、旧教由来の物は排斥のような事は行われなかったが、重要視はされず、朽ち果てているのが現状だった。
一行は遺跡に着くと、研究員が価値のありそうな遺物を見繕って運搬する準備を進め出した。
皇女とモーゼリンは崩れた神殿の奥のほうにある祭壇らしき場所に向かっていた。
今日、皇女がわざわざ足を運んだのは、この祭壇と、周囲に残された遺物を見るためであった。
遺物と言っても、すでに昔から放置された神殿であるので、盗掘に遭って一目で価値が高いと分かる物は何も残っていなかった。
ただ、ステージ状の祭壇といくつかの文字が刻まれた大きな石板が発見されたため、皇女自身で確認したいとの事で、今日の行啓が計画された。
祭壇の前に立ち、クロスフィニア皇女は両手を前にかざす。
「ああ・・・本当に、かすかですが神戴魔法の波動が感じられます」
クロスフィニア皇女の行動を、モーゼリンと護衛騎士が見守る。
そんな中、クロスフィニア皇女は、位置を変えながら、両手をかざす行動を繰り返し行う。
「まさにこの場で勇者召喚の儀が行われていたに違いありません」
「恐らくは、祭壇のどこかしらに神戴魔法を補助するような仕組みが有るように思います」
クロスフィニア皇女の言葉に、モーゼリンは驚く。
「旧教が盛んだったころとは500年ほどの昔・・・それを未だ力を保ち続けているとは」
ひとしきりの調査を終えた一行は陽が落ちないうちに森を出るため、帰る準備を進めていた。
その間、皇女は一人、石板の文字の意味を解析していた。
この石板は簡単には持ち出すことは出来ないほどの大きさで、次にいつ見ることが出来るか分からないからだ。
「彼、が、誇示、する、力のみ、を、存在、するは、資格?、を、与える、べからず・・・」
「彼、が、与える、に、従う、恐怖、を、偽り・・・」
「偽り、が、持つ、恐怖、これを、天賦、が、異と成す?、非情、は、魔、なり」
「救う、人、自ら、示す、は、静観、在りし、無い」
『何か魔を恐れる文章なのかしら?』
さっとメモに記載しながら、皇女はその言葉の意味を考えていた。




