「戦士ザーリージャ」
判定官の「勝者、勇者アリーチェ様!」という言葉が響いた。
迅代は完全に気を失っており、アリーチェはジェーナとニコニコと話している。
誰が見ても言うまでもない。
興奮したギャラリーに騒然となる兵練場。
「アリーチェ様バンザイ!」
「さすがアリーチェ様!」
「見事な連続魔法、しかも雷は10本でしたぞ!」
「可憐でかわいらしい!」
様々な賞賛をギャラリーは話している。
「くふっ、まるでカエルのようでは無いか」
ボーズギア皇子は迅代を見て独り言をつぶやく。
確かに全身緑色で仰向けに転がる姿はカエルと言えた。
壇上で座っていた椅子から立ち上がってボーズギア皇子は大声で告げる。
「皆の者よ、今般の戦いはアリーチェ殿の勝利となった」
「アリーチェ殿は皆も見た通り、大魔法士。きっと皇国の危機を救ってくれようぞ!」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「パチパチパチパチ」
歓声と拍手が響き渡る。
「これで、本日の模擬戦を終了とする!」
ボーズギア皇子は満足そうに締めの言葉を発した。
壇上を降りて、部屋に戻ろうとするボーズギア皇子が、ふと、第二部隊隊長のクレファンスと、第三部隊隊長のドーズが一緒に居るのを見かけた。
ボーズギアはこの二人も無様な迅代の戦い方に思ったことが有るだろうと声をかけた。
「やあ、クレファンス、ドーズ、見に来ていたのか」
「これは皇子殿下」
両名敬礼をする。
「どう見た?ジンダイ殿の戦い方は?」
まともな反撃すらできなかったのだ。酷評が返ってくると思っていたが違った。
「悪くなかったですね。」とドーズが言う。
「ほ、ほう?」と想定外の答えにボーズギア皇子は少し焦る。
「異種格闘戦としては、ですがね」とドーズは付け加えた。
「き、興味深いな、教えてくれ」
狼狽の色を残して尋ねるボーズギア皇子。
ドーズは真剣な目で語る。
「軽装兵と魔法士が戦うとして、あの開戦距離は少しアリーチェ様に有利すぎましたね」
「魔法士は敵との距離が生死にかかわる。まあ、壁の戦士代わりの距離だったんでしょうが、あと20メートル近ければジンダイ様の攻撃が届いていたかも知れません」
「もっともアリーチェ様も開戦劈頭に一方的に勝つつもりなら、電撃50本でも撃てばよかったが、でもそれじゃあ力比べの意味が無いですしね」
「だから異種格闘戦なのでどちらが強いとは言いずらいと思いましたね」
『確かに最初に一撃でつぶすべきだったか・・・』ボーズギア皇子が後悔する。
「なるほど、そう評価するんだね、興味深いねぇ」
ボーズギア皇子は余裕が有る素振りで答える。
「クレファンスはどう思う?」
ボーズギア皇子がクレファンスに振る。
「勝てなかったが、戦闘プランの立案と実行が論理的で感心しましたね」
「プランは作れてもなかなかその通りに行動できるもんじゃ無い」
「緑の勇者様はウチの部隊に引き取りましょうか?」
思っても居なかった言葉に慌てるボーズギア皇子。
「いやいや、仮にも彼は勇者、魔王軍のせん滅に尽力してもらわなければ」
「でも、参考になったよ、そういう見方も有るんだね」
「では、明日の模擬戦の準備が有るのでこれで失礼するよ」
ボーズギア皇子は早々に話を切り上げて去って行った。
ドーズとクレファンスは敬礼した後、目を見合わせ皇子に聞こえないように言った。
「緑の勇者様の待遇が少しでも変わるといいんだがな」「全くだ。彼が勇者じゃないだなんて誰が言ったんだ」
しかし、二人は勘違いしていた。皇子が力不足でも迅代を使う気があるものだと。
二人を背にし、ボーズギア皇子は内心怒りの感情があふれていた。『明日は、目に物見せてやるぞ』
近衛隊第一部隊の司令官室に戻ったボーズギア皇子は、部屋に勇者ザーリージャを呼び出した。
ボーズギア皇子の顔を見るなり、ザーリージャは言った。
「ダメだねえ、あんなの出会い頭に一撃で倒せば良かったんだよ」
どうやら迅代とアリーチェの模擬戦の事を言っているらしい。
今となっては同じ意見のボーズギア皇子だが負け惜しみでドーズの受け売りで言った。
「異種格闘戦だからねえ、少し実力も見ておこうと思ってねえ」
「ふん、そんな殊勝な事をよく言う」
ザーリージャが鼻で笑う。
ボーズギア皇子がその言葉にニヤリとして言う。
「でも、もう良いよ。ザーリージャ殿は「手加減なく」開始早々に勝負を決めて貰えば」
ザーリージャが少し沈黙する。そして。
「わたしが手加減しなかったら、死ぬかも知れないよ」
ボーズギア皇子も少し間をおいて、口を開く。
「模擬戦で死ぬような勇者は、実戦では役に立たないでしょうね」
ザーリージャは声を潜めて言う。
「これは、殺せって事かい?」
少しおどけた顔をするボーズギア皇子。
「まさか!そんな事を言うはずが有りませんよ、勇者殿」
「ただ模擬戦程度で死ぬなら悪いのは力なき勇者だ、そうでしょう?」
ボーズギアを見下すような目をしてザーリージャは言った。
「下賜される領地をもう少し増やしてもらおうか」
慌てるボーズギア皇子。
「その事は二人だけの場でも今は言及しないで頂きたい。さすがに漏れると我が身でも危ない」
「それに領地の大きさは魔王軍の侵攻が一区切りつかないとね」
「ならテキトーで良いな」
冷たく返すザーリージャにボーズギア皇子が続ける。
「ただ、緑の勇者が居なくなれば、皇女派も手駒がそれだけ減る」
「わたしが早く跡継ぎと決まることは、ザーリージャ殿の利益にもなりますぞ」
「・・・・・」
「わかった」
「確かに利益が大きいと考えるべきか」
返事をしたザーリージャは別のことを考えているようだった。
気絶していた迅代は、兵錬場の医療室で目が覚めた。
電撃の痛みが思い返されるが、食らった部分は特段傷などは付いていなかった。
「近衛隊の特に第一部隊のヒーラー部隊は精鋭です」
「しっかり治っている筈ですよ」
セレーニアの声ではじめて付き添ってくれていたことに気づく迅代。
「付き添ってくれていたんですね、すみません」
迅代はベットの上で恐縮する。
「いえ、ジンダイ様のお付きですので当然です」
少し間をおいて、セレーニアが口を開く。
「模擬戦を数日に延期する事を具申しましょうか?」
「いや、大丈夫だ。」
素っ気なく答える迅代に、言いようの無い心配の気持ちがセレーニアに浮かんだ。
模擬戦二日目
すでにザーリージャと迅代は兵錬場に来ており、ボーズギアも台上に座っている。
今日の対戦は両者接近戦タイプなので10メートルほどの距離で対峙している。
ギャラリーは昨日より少なくなったが、それでも兵錬場の周囲に人だかりができている。
ザーリージャの獲物は、お気に入りの先端部がトゲトゲの鉄球で細長い蛇がクネクネと絡みついたメイスと、腰に収めた片手剣と言うスタイル。
彼女はエキゾチックな顔立ちで濃紺の瞳に、濃紺の髪を漂わせている。
ある程度ワックスで固めているようだが、戦闘時に髪が邪魔にならないのかと心配になる。
体の筋肉は凄いの一言。主要部分は鎧を付けているが、肌が見える部分も多い。
鎧は防御用と言うより、隠すことで体を魅力的に見せるために使われているように誤解すらする。
ザーリージャの戦闘スタイルは、魔法と物理攻撃の高度な連続技
そして鍛えられた体から繰り出される強力で重い打撃
そうして反射神経に連動した肉体で、目標補足力も卓越している。
一言で言い表すなら「速攻撃破」と言ったところだ。
迅代としては、今度は距離が詰められれば、ザーリージャの強力速射の攻撃を受けるため、距離を取った戦闘を心がけたいが・・・
ボーズギアの開始の合図の後、判定官が叫ぶ。
「模擬戦はじめ!」
その声が完全に終わる前に迅代が動く!
が、迅代はその場から動いていなかった。
いや、動けなかった。
地面から黒くて直径10cmほどの影のような大型の蛇が2匹這い出て、迅代の左右の足にそれぞれ絡みついていた。
「しまった!」
迅代は逃れようとするがビクともしない。
完全に両足が絡め取られ、動けなくなった。
ザーリージャの使い魔シャドースネークである。
「これはホンキの実力だからねえ」
迅代にザーリージャが呟いた言葉が聞こえ、恐怖が浮かぶ。
距離は50cm程に一瞬で詰められて、ニヤリとしているザーリージャの顔が目の前にあった。
彼女はすでに、右手を大きく振りかぶっている。そして瞬時に振り下ろされるメイスが見える。
「ガガッ!」
ザーリージャが渾身の打撃として放ったメイスを、迅代は模造刀で受けていた。
「あんな刀では受けられる筈が・・・そうか強化したのか」
ザーリージャが感嘆する。
ザーリージャの目算では自身の渾身のメイスでは、ナイフで受けてもへし折って、兜を割り、頭蓋骨も割り切る筈だった。
しかし迅代は事前に魔法でナイフを強化しており、メイスを受ける事が出来た。
「だったら」
ザーリージャはもう一度右手を振りかぶり、メイスを打つ!
「ガガッ!」
威力もスピードも変わらない打撃!
ナイフは再度のメイスの打撃で、形は保っていたがかなり曲がっている。
そこから間髪入れずに、ザーリージャの左手がすっと前に出される。
「ガガガッ!」迅代の腹部を中心に火花が散る
ザーリージャの片手剣が左手に握られ、スッと斬りかかったのだ。
しかし、それを察知した迅代は左手でサブナイフを抜き、受けたのだ。
ザーリージャの斬りつけは静かだが威力はあった。
剣筋はブロックしたがパワーで負けた。
絡みついた蛇たちはほどけ、10mほど迅代の体が宙を舞い吹き飛ぶ。
ズズズズズ・・・
飛ばされてぼろ布のように地を這う体。
だが、まともに斬られていれば、胴体部が真っ二つになっていただろう。
この間は5秒ほど。観客は唖然として何が起きているのか良く分かっていない。
ザーリージャの手数はそれほど早いのだ。
ただ迅代が飛ばされた後、ぐったりして動いていないのはわかった。
「もう中止を!」
セレーニアが声を出す。
我に返った判定官が思い出したように言う。
「そ、そこまで!」
連続して突進する姿勢を取っていたザーリージャは動きを止める。
「やれやれ、殺りそこねたか」
呆れたような言葉を発したが、内心は不満が残っていそうだった。
判定官は「し、勝者、勇者ザーリージャ様!」と宣言した。




