「2つの暗殺」
セレーニアは当初、ドルチェ軍事補佐官が暗殺されたと聞いた時に、皇女派への攻撃を危惧した。
ドルチェは、立ち上がったばかりの皇女派の秘密情報共有組織「グレッセ商会」の会員客であった。
そして、皇女派の会合でも、ドルチェと何度か顔を合わせた事もあったからだ。
グレッセ商会は、希少な魔法アクセサリーを販売するという表向きの事業と並行し、特別会員には特別な商品だけが掲載されるカタログを発行していた。
このカタログはある手順を踏むと、皇女派の共有情報が入手できるという、情報共有の仕組みが構築されている。
無論、ドルチェがアイルズ子爵に告げた、アーロス子爵の反逆の件を調べている人物というのはセレーニアの事であり、情報源はそのカタログであった。
彼は、派閥の重要な地位と言う訳では無かったが、熱心な支持者ではあった。
その後、ドルチェは同室に居たアイルズ子爵と一緒に暗殺され、犯人は魔王軍だろうという報告書を見て、巻き添えで殺されたのかとも考えなおした。
だが、暗殺された時の詳細な様子が判明するにつれ、驚いた。
厳重に警護された城塞内で、二人共に足に何かに噛まれたような傷があり、神経毒で即時に絶命したと知り、戦慄を覚えた。
アーロス子爵が暗殺された時と同じであると。
そんな状況からセレーニアは暗殺者の意図を推察していた。
『本当に魔王軍が軍の指揮官を殺害するために行った暗殺だったのかしら・・・』
『アーロス子爵殺害の時には、わたしを含め多くの人がいる中、誰にも気づかれずに一人だけを殺害し、逃亡した』
『ならば、何故今回はドルチェ殿まで殺されたのか』
『恐らく、殺すに足る理由が有ったという事なんでしょうね・・・』
ただし、そこには現場を見られたから巻き添えで殺されるという事も含まれるだろうとも思った。
『・・・それ以前に』
『アーロス子爵の暗殺者と同じ人物なのかしら?』
『手口や状況は似ている、と言うかほぼ一緒ね』
『複数の人や警護が居ても目標の殺害が実施できる隠密性』
『足に噛み傷を残し、即効性の神経毒を使う方法・・・』
『でも、アーロス子爵の場合は魔王軍に狙われる理由はほぼ無かった、と思う・・・』
『あの時は、その場にいる人間で、魔王軍にとって一番の価値の高い目標はボーズギア皇子殿下だったはず』
『でも、アーロス子爵が殺された』
『そして、アーロス子爵が死んで一番利益を得たのは、ボーズギア皇子殿下・・・』
『今回の二人の死は?・・・』
『・・・』
『やはり魔王軍が一番の受益者・・・』
『どこでも、誰でも、暗殺できるなら、もっとこの方法で部隊の指揮官たちを殺していけば効率がいいはず』
『皇帝陛下を狙うという方法も・・・』
『でも、それはしない』
『・・・代償が必要な手だからなのなのか』
『・・・簡単には使えない、条件が必要な手なのか』
『・・・単純に戦いに勝つ手立てとしては使ってはいないのか』
『・・・』
『魔王軍が戦いに勝つためだけに暗殺を行っている訳では無いように思える・・・』
『そういえば、規則性という意味では、ボーズギア皇子が現場近くにいるときに暗殺が起きている・・・』
「・・・もし、アイルズ子爵とドルチェ殿が、皇子殿下にとって、不利益をもたらす存在だったのならば』
『アーロス子爵と同じ動機になる!』
セレーニアはこの考えが浮かんだ時、心臓の鼓動が早くなった事を自覚する。
『けれど・・・』
『そのような事実はわたしは知らない・・・』
『今まで得た情報では、これまで、かな・・・』
『でも、ボーズギア皇子殿下の規則性は覚えておきましょう』
『次が暗殺が起きた時のために・・・』
「ガチャ」
突然、セレーニアの執務室のドアが開く。
機微な考え事をしていたセレーニアは突然の出来事に驚いて声を出す。
「だ、誰です?」
ドアからなかなか人影が見えない。
『まさか!?』
自分の剣を手探りで探しながら、視線はドアのほうを凝視する。
「よっと」
書類の束を抱えたアレジアが体でドアが閉まるのを押さえながら入ってくる。
「アレジア!、もう、ノックもできなくなったの??」
セレーニアは剣を置き、怒った顔でアレジアに文句を言う。
「だって、この荷物ですよ、セレーニア様、今日の午後の分です」
アレジアはすたすたとセレーニアの執務デスクの前に来ると、ドン、と書類の束を置く。
セレーニアはがっくりする。
「ええ、こんなに・・・」
暗殺の事なんかを考えている暇は本来無かった。
アーロス領の総督業務は日に日に忙しくなっているのだから。




