「言い訳」
白虎支隊は壊滅状態となった。
人員の多くは死傷し、完全に無傷な者は、戦闘要員では1割程度だった。
負傷者の多くは、やはり、烈火炎、と呼ばれる魔法攻撃による火傷だった。
突然、高温の炎が多数現れ、渦を巻いて一帯を蹂躙した。
備えが無く不意打ちされた兵士たちは、高温の炎に触れ、一瞬で骨まで焼かれた者が多かった。
回復薬では細胞が死滅していると効果がほぼ無い。
ヒーラーによる完全回復魔法を受けても治るかどうかという重症の者が多かった。
後衛の護衛隊は烈火炎の影響があまり及ばず、助かった者は比較的多かった。
白虎支隊の惨状を見たボーズギア皇子は、わなわなと震えていた。
「なんたる・・・」
攻撃力の主力である白虎支隊が壊滅状態となった今、当初計画した作戦の遂行は行える状況では無かった。
この損害は、攻撃部隊を勇者ヴィンツのみに任せ、戦力投入を惜しんだ結果、敵が攻撃を成功させる隙を与えたからだった。
攻撃部隊の先鋒部隊に、勇者ザーリージャも加わっていれば、結果は違ったかも知れなかった。
「黒龍支隊を中心に再編成し、再度、攻撃を企図してはどうでしょう?」
「幸い、勇者ヴィンツ様はまだ戦闘可能との事です」
参謀の一人がボーズギア皇子に進言する。
ジロリとその参謀を睨む、ボーズギア皇子。
『勇者ヴィンツでも抑えきれなかった敵』
『もしわたしを襲ってきたら・・・』
突然のフラッシュバックが起こる。
醜く笑いながら自身に切りかかるゴブリンたちの顔だった。
「ひぃっ!」
ボーズギア皇子は足がガクガクと震え、顔が青白くなっていく。
「ち、中止・・・」
ボーズギア皇子の周囲の参謀や兵士たちが皇子の呟いた言葉がよく聞こえずに注目する。
「作戦は中止せよ!」
「白虎支隊の再編成後に再度の作戦再開とする!」
「今日は中止だ!!」
ボーズギア皇子は大声で作戦の中止を宣言する。
「し、しかし、今般出撃は皇国民たちに安心を与えるため必勝の覚悟と」
参謀はボーズギア皇子の言葉に、さすがに異を唱える。
この参謀は騎士アークスの陽動攻撃部隊に死しても作戦を達成せよと迫った者だった。
「勇者アリーチェ殿に敵拠点は攻撃させよ」
「その後、全軍はいったん転進、再編成を行うのだ!」
「し、司令官命令であるぞ!」
ボーズギア皇子は形ばかりの攻撃としてスレッジャーギームを撃ち込ませ、その後、後退するという。
そして司令官命令と言われれば、誰も反論できない。
確かに白虎支隊は大損害を受け、部隊としては壊滅判定だが、最大戦力である勇者ヴィンツが戦えると言っている。
そのうえ、攻撃部隊の戦力のもう半分である黒龍支隊は100%の戦力が有る。
この時点で退却を判断するのは、誰もが拙速と思った。
しかし、結局は、ボーズギア皇子の明確な命令に誰も異を唱えることは出来ず、スレッジャーギームでの攻撃だけを行って退却することになった。
誰の目から見ても、ボーズギア皇子の戦意は下がっていた。
正確には、最初は勢いが良く部下に犠牲を迫るが、危機に直面すると自身は逃げだす選択をするという印象だった。
これでは部隊としての士気は低下して当然だった。
勇者アリーチェは、使い魔ジージーをすでに魔王軍拠点付近に放っていた。
アリーチェはジージーと視界を共有しつつ、ジェーナと会話していた。
「あの皇子の人、怖がりだよね」
アリーチェの言葉にジェーナは慌ててたしなめる。
「アリーチェ様、そのような事は・・・皇子殿下のお話はこのぐらいで・・・」
「えー、でも命令するだけで偉そうなんだもん」
「偉い御方なのです、仕方がないのですよ」
ジェーナにそうは言われたが、アリーチェは皇子の事となると、なんだか悪口しか出てこなくなっていた。
『でも、あの黒いもやの兵隊さんに見つかるとジージーがやられちゃうかも・・・』
そんな風に考えてアリーチェはジージーには遠くから敵拠点を概観できる距離にまでしか接近させなかった。
そして適当に目標点を定め、スレッジャーギームを放った。
遠くに光の柱が現れ、少し置いて地鳴りのような爆発音が響き渡る。
見た目は派手だった。
しかし、十分に目標を定めずに魔法を放ったので、思ったほどの損害は与えられていなかった。
この結果はアリーチェのみ分かっていたが、悪いとも思っていなかった。
『どうせ、言い訳のためだもんね』
と、皇子の攻撃命令の意図を見抜いていたのだから。




