「模擬戦」
迅代は今回の模擬戦が部隊編成として必要な実力評価と捉えていたが、ボーズギアはそういう発想では無かった。
強大な勇者の力で迅代が無残に負ける。3勇者共に。という結果のみが欲しい模擬戦なのだ。
模擬戦は、1勇者に1日づつとし、アリーチェ、ザーリージャ、ヴィンツの順として対戦相手が組まれた。
迅代は自身が手にする武器は概ね決めつつあった。
まずは短剣。
短剣術は今の自身の実力でもそれなりの評価なようなので、かなりこだわる事とした。
セレーニアからどのような武具が必要かと質問された時に、最も性能の高い鉱石から指定の形状の短剣を作ってほしいと依頼した。
形にはこだわり、片刃のフルタングナイフとして、持ち手の形状や、鞘に至るまで細かく指定した。
しかしどんなに急いでも半月はかかるとの事だった。
そこで、同じほどの長さの模造刀を用意してもらう事とした。
今回は相手にダメージを与えるのが目的ではない。
そして補助武装としてもう一本、短めのフルタングナイフを持つこととした。
こちらは野戦での調理や工作など、普段使いで使うつもりの装備だが、主力ナイフを失う状況が有るかも知れないので、予備武装でもあった。
そしてクロスボウ。
弾道性能は犠牲にし、装填速度重視し、連射性能が高いのものを調達してもらう事にした。
迅代の言うようなものは直ぐには無さそうだったので、既成品からの改造で対応してもらった。
矢のほうは短く矢羽根も申し訳程度のものだが、矢自身がすべて金属で、重量が有り、それなりの貫徹力が得られた。
無論、模擬戦では先端は丸めた矢を使うことになるが。
また、この世界のクロスボウは弓部が小さく、機械的にも未熟なものだったので、機力で弓を引く発想が無く威力に問題が有った。
機力での弓引きが出来れば、もう少し発射速度と威力が増すだろうが、今すぐには無理そうだった。
そして、深緑色に着色した皮の戦闘服の上に、胸部のみの鎧、金属製の小手、脛当て、そして軽量そうな兜といういで立ちで臨むこととした。
金属部分に関しては全てツヤを落とし、緑色の油のようなものを塗りつけていた。
そして顔にも緑色の油を塗っている。迅代としては実戦に近い装いで模擬戦を行おうと思っていた。
模擬戦第一日目当日。
兵練上の広場にはアリーチェが一人椅子に座っている。
横にはお付きの女性兵士も立っており、たまにアリーチェと会話を交わしている。
再び台の上にはボーズギア皇子と取り巻きの兵士が居る。
そしてヴィンツ、ザーリージャもその台付近で佇み、事の成り行きを見守っている。
後はその周囲をギャラリーたちが取り囲んでいる。
ギャラリーに居るのは兵士のみではない。
城の官吏や貴族も観戦に来ているようだった。
ボーズギアとしては、無様に負ける迅代を多くの人に見てもらいたいらしい。
わざわざ第一皇子の告示として城と近衛隊各部隊に模擬戦が行われることを発表していた。
ボーズギアとしては、迅代が無様に負け、かつ、勇者の大きな力を示し国民の不安を払拭する一石二鳥の催しと考えていた。
これで皇女派の衰退も加速するだろうと。
そろそろ時間となった時、ギャラリーがざわざわとしだす。
歩いてくる、緑づくめの兵士らしき者。
横にはセレーニアも付いて歩いているが、少し恥ずかしそうだった。
人々は口々に「あの緑がもしかして勇者か?」「顔にまで緑色を塗って、呪術か何かか?」など話し出す。
「ふふふ、はははは!」
その姿を認めた、ボーズギア皇子が壇上で大笑いする
「ジンダイ殿、それは、どういう格好であるのか?」
続けて大声で叫ぶ。
ボーズギア皇子が笑ったのにつられて、ギャラリーも笑い出す。
「どわっ!」兵練上に笑いが響いた。
「実戦に近いスタイルで臨もうと思い、この格好となりました。お見苦しい点が有ればご容赦いただきたい」
迅代は少し照れたように、真面目に応える。
それに対してボーズギアが言う。
「ぐふっ、ふふっ、いやいや久しぶりに笑いと言うものを人前で見せてしまった」
「ジンダイ殿の戦闘スタイルがそういうモノであるのなら、仕方あるまい。異世界の勇者であるのだからな、ふふっ」
ボーズギアの笑いは収まらないようだ。
ひとしきり皇子とギャラリーが笑った後、ようやく落ち着きを取り戻し、皇子が宣言する。
「では、勇者ジンダイ殿も来られた。模擬戦を始める事とする!」




