「それぞれの」
「なんで近衛隊の要請にあたしを派遣せずに、見殺しにするようなマネをしたんだい?」
勇者ザーリージャはボーズギア皇子と司令官室で話していた。
魔王軍討伐部隊は任務を終え、アイルズ領の中心都市ソポタ・グレーテまで後退し、皇都帰還までの間、駐留していた。
そして報告に有った黒いもやを纏った兵士について、ザーリージャは何か知っていないかをボーズギア皇子が聴取していた。
「見殺し?そんな事はしないよ、ただ、必要だから黒龍支隊は司令部のそばに留め置いた、それだけだよ」
ボーズギア皇子はザーリージャの疑問に軽く答えた。
「近衛隊の奴等は酒場で文句をぶー垂れてたぜ」
「司令官が魔王軍を恐れて黒龍支隊を手元に置いておきたかったんだとか、なんとか」
ザーリージャの言葉にボーズギア皇子が激高する。
「なんだと、その者たちをここに連れてまいれ!」
勇者ザーリージャは呆れた顔で言った。
「そんなのあたしに言うなよ、それに酒の席での与太話だろ?」
言葉にはしなかったが内心では『ケツの穴のちっせえ皇子だな』と思っていたのだが。
ボーズギア皇子もザーリージャに言ってもどうにもならないと思い返し、怒りを飲み込む。
『後で調査させて不敬な輩を捕えてやる』
と、内心では報復するつもりではあったが。
「だが、本当に、恐れてたのかい?」
ザーリージャはボーズギア皇子の内心を見透かすよう見る。
ボーズギア皇子は顔を向けてはいるが、瞳は揺れていた。
「バカな、次の打ち手に備えていたまでの事・・・」
それだけ言って、手を振って、この話は終わりだと合図した。
だが、本心は、前線で強力な護衛無しで居ると、落ち着かず、不安が大きくなる。
それほど心的外傷が深い傷を残していた。
だが、誰であろうと、こんな事を悟られるわけにはいかなかった。
臆病者の皇帝など支持される訳が無いのだから。
勇者ザーリージャは何も言わなかったが、皇子の心根を読み取っていた。
その後、肝心の黒いもやの兵士の事をザーリージャに確認したが、ザーリージャは知らないとだけ答えた。
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「アリーチェ様!姉は無事でした!」
外出から帰ったジェーナは、アリーチェの顔を見るやそう言った。
「ホント!?ジェーナ、良かった!」
アリーチェも自分事のように喜んでいた。
ジェーナの話によると、姉の村は魔物たちに村から出られないように見張られてはいたが、皇国軍の反撃で、捕まった村人をほって逃げ出したそうだ。
ここでも、アイルズ子爵の迅速な反撃作戦が功を奏した訳だ。
他の村でも、助かった村人は多かったのだと言う。
「これで心配事は無くなりました」
「姉の村は、魔王軍の領域に近いので疎開する事になったそうです」
「ひろい畑も当分は手を付けられないようですが・・・無事が何よりです」
ジェーナは少し涙ぐんでいたが、心からの笑顔でアリーチェに話した。
アリーチェは大好きな人が、安心しているのを見て、自分も安心して嬉しくなった。
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クレファンスは、魔王軍討伐部隊に所属している知り合いに、司令部部隊と黒龍支隊の当時の様子を聞いて回っていた。
なぜ、増援される部隊は、離れた所に居た魔法支援部隊になったのか。
当時、司令部に危機や、新たな行動計画は有ったのか。
黒龍支隊が動けないような理由は有ったのか。
など。
しかし、誰に聞いても、差し迫った状況や、新しい作戦行動の予定も聞いていないとの回答だった。
参謀をしている同期の者にも聞いてみると、情報の出どころは秘匿してくれと釘を刺したうえで話してくれた。
やはり、ボーズギア皇子が当然のように魔法支援部隊を派遣しろと指示したのだと言った。
理由についても、当時の司令部での状況も喫緊の要件も無くただ待機していただけだのため、護衛を動かす気は無いと感じたのだと。
もうこれ以上は、ボーズギア皇子に直接問い質すしか無い。
しかし、クレファンスでは、身分も地位も下であるため、それは出来ない立場だった。
結局、クレファンスの疑心は、ボーズギア皇子が怯えて我が部隊に大損害を与えた、という結論となった。




