「心的外傷」
ボーズギア皇子は自信を取り戻していた。
今回のアイルズ領への出兵ではこれと言った失敗無く、魔王軍の部隊を蹴散らし、敵が企図した包囲にもはまらなかった。
『そうだ、こうでなければならない』
『あのジンダイは疫病神であったに違いない』
ボーズギア皇子は司令官室で自分の部隊の行動を思い返し、問題が無く作戦が遂行できたことを、自身の指揮によるものとして優越に浸っていた。
最近、リスキス村で受けた奇襲時の心的外傷がボーズギア皇子を悩ませていた。
ゴブリンに襲われた事、失禁してしまった事、助けに来た迅代の姿、これらが頭をよぎるたびに、自分の小ささを思い知らされるように感じて頭を抱え叫びたくなった。
そのフラッシュバックは、ふとしたタイミングで蘇る。
先日は、部下との会議の途中で思い出した時には、突然、意味もなく周囲の者を叱責して退席してしまった。
今回の作戦行動時でも、包囲の予兆の報告を聞いた時に、取り乱し、ヒステリックに後退を叫んでしまった。
しかし、今回の戦いは勝利したのだ。
表面上は、であったが。
見る者が見れば、持てる戦力の割に小さな勝利しか取れなかったと評価するだろうし、無傷の後退も批判が出るだろう。
しかし、立場上、失敗が無く敵に勝利すれば敵の大小や、戦略的意義は置いて、まず表向きは称賛される。
彼は、言わば、客観評価が味方からはされない地位に居る者であった。
そして気分が良かったボーズギア皇子は、アイルズ領主の申し出も慈悲をかけてやるつもりで承諾した。
またせいぜい恩を売って、自分の派閥にも取り込めればと考えていた。
アイルズ子爵は皇帝派だ。
現在の君主にのみ仕えるという事しか公には表明していない。
しかし、現状の領地の苦境を助けてやれば、こちら側に傾くだろうなどと皮算用をしていた。
当のアイルズ子爵は、今回の魔王軍討伐部隊の指揮を見て、ボーズギア皇子の大部隊の指揮能力や状況把握能力を疑っていた。
それはとても皇帝など務まらないという評価と同義だった。
そんな、アイルズ子爵は皇国の食糧庫という立場をフルに使って、各所と調整を行い、反攻作戦の手はずを整えつつあった。
交渉の末、皇国は、正規軍の守備大隊をもう1個と、攻撃時の両翼を担う部隊として近衛隊第二部隊の全力を増援として派遣した。
分担としては、魔王軍討伐部隊が反攻の楔となり、その両翼を近衛隊第二部隊で掩護する形を想定していた。
そして、攻撃点以外の魔王軍との前線には、増派された守備大隊で補強し、再度の敵侵攻を抑え込む形を想定していた。
その上で、弱点部分を見つけ出し、アイルズ領常備軍の虎の子、アイルズ子爵自身が指揮をする狼旅団が攻撃を仕掛ける算段だ。
狼旅団は、皇国が外征戦争などを行う時に派遣される、攻撃型の編成を持った機動部隊であった。
戦闘力の中核である狼騎士団と呼ばれる騎士集団、および、馬車編成の混成歩兵団2個が有り、補給部隊も持っていた。
総勢3000名の大部隊であり、戦闘力は皇国の領地軍の中では間違いなく最強であった。
特に狼騎士団には英雄ヤキマが居た。
Aクラスと判定される剣士で、彼のチーム「白狼隊」は部隊の危機を何度も救い、皇帝陛下に叙勲を受けたほどであった。
この戦いはある意味、今後の魔王軍との戦いを占う試金石と考えられた。
この戦力で魔王軍を押し返せないのなら、魔王軍は、皇国の動員戦力を凌駕する状態になっている考えられるからだった。




