「コピー商品」
ミグルが裏ルートでの買い付けに来た後、その他の道具屋からも直接交渉で買い付けに現れる者が出て来だした。
リォンリーネは迅代と相談して、裏ルート販売の卸値は1000ピネ※で詰め替え油付きで統一する事にした。
※約1万円
もし、アトラーゼ商会の妨害が収まった後、条件が違う販売をしていた事が分かると信用に影響すると考えたからだ。
こういった経緯で、結局、オイルマッチは裏ルートでも、週に10個ほど売れる事になった。
そして卸値は倍なので、リォンリーネの店の売り上げは維持することが出来ていた。
それからしばらくしたある日、またミグルが買い付けにやって来た。
今度も5個購入したいのだと言う。
リォンリーネは5個分の商品を渡した後、世間話をしていたのだが、ミグルからコピー商品に関する話題を聞いた。
「で、アトラーゼ商会からオイルマッチの売り込みが有りまして」
「付き合いも有るので、サンプルとして3個購入してみたんですよ」
それを聞いたリォンリーネは驚いて詳しく話を聞きたがった。
「あらら、じゃあ、もうわたしの商品は買って貰えなくなりそうでしょうかねえ」
リォンリーネが焦って言う言葉を制してミグルは話し出す。
「まあ、名前は同じオイルマッチなんですが、油は漏れるし、サイズは大きいし、火の着きが悪いという、良い所なしの商品でしたよ」
「下手に取り扱って火を付けようものなら、漏れた油でオイルマッチ自身が燃えて大事になりそうです」
「しかも、それを卸値1000ピネ※と吹っ掛けてこられましてね・・・」
※約1万円
「裏で売っているリォンリーネさんのオイルマッチは2000ピネ※でも簡単に売れるのですが・・・」
※約2万円
「アトラーゼ商会の物は正直取り扱いに困っています」
「全く使う人の事を考えない、儲け主義の塊のような商品です」
「下手に売って事故でも起きると大変ですし、2500ピネ※ぐらいの値段を設定して買われないようにしようかと」
※約2万5千円
「そうしておけば、まだ、在庫が売れていないと言って、追加でアトラーゼ商会から買わなくても良いですしね」
「それでも、どうしても欲しいと言う方には、リォンリーネさんの商品を売ろうと思っているんです」
「秘密は守ってもらってね」
ミグルは共犯者の顔をしてそう言った。
リォンリーネは情報を教えてくれたことに礼を言って、ミグルを見送った。
そして、後日、案の定、アトラーゼ商会のオイルマッチは、火事騒ぎや火傷事故を起こした噂を聞いた。
高額なうえ欠陥商品であると、道具屋の界隈では直ぐにうわさが広がった。
アトラーゼ商会ではどんどんと卸値を下げて営業したようで、後にミグルから聞いた噂では、卸値は200ピネ※にまで落ちていたそうだった。
※約2000円
その価格では恐らく材料費を賄うのが精いっぱいの価格だろうと。
そして、アトラーゼ商会は売れ筋商品だと見越して大量の生産を行っていたせいで、大量の在庫が有るらしいとの事だった。
迅代とリォンリーネは、そんな話はさて置いて、新商品の開発を進め、真空断熱ボトルがほぼ完成の状態になっていた。
ボトルの本体は、少しコストはかかるが、鍛冶屋で均一な外筒と内筒を作ってもらう形とした。
それを、当初、2つの筒の溶接と、内筒の内部の鏡面仕上げは、リォンリーネの魔法に頼ろうとしたが、試行錯誤の結果、迅代でも対応できる形と出来た。
2つの筒の溶接は、魔法力を流すことで融解溶接が出来る専用の器具を制作し、鏡面仕上げも魔法力で駆動する金属をピカピカに磨く器具を制作した。
流す魔法力は迅代のレベルでも十分に対応できるもので、作業の分担に大きく寄与した。
だが、2つの筒の隙間の空気を除去し真空化する部分は、リォンリーネの魔法に頼る形は変えられなかった。
そして、真空断熱ボトルに使える、加熱、冷却の呪符作成も難関では有ったが、なんとか形には出来た。
呪符使用時に生じる残りかすをボトル内の水に交じらないような器具を作成した。
制作した呪符は3分ほどの間発動し、分子振動によりボトル内の液体を発熱または冷却する機能を持っていた。
なお、この呪符は持続時間や温度変化量を工夫すれば暖房や冷房にも使えそうだったが、今のところそのあたりの追及は置いておいた。
試作品が完成した時点で、裏ルートでオイルマッチを流している道具屋にプレゼンテーションをして見せてみた。
どの道具屋も、需要は有るだろうとの事だったが、やはり価格を気にしていた。
確かにコストがそれなりにかかっており、呪符に至っては気軽に使えないのではないかという心配がされていた。
そこで今度は生産道具と設計図を提供するので、各道具屋で生産してはどうかとの提案を行った。
これは迅代のアイデアで、製品販売料金の2割をリォンリーネに言わばライセンス料を収める形とした。
生産道具である溶接する道具と、筒内を鏡面に磨く道具は、レンタル料金を取って貸す形とした。
道具の制作方法はリォンリーネしか知らないため、野放図なコピー品が出回る事は抑えられると考えた。
なお、真空化の部分はリォンリーネでないと対応できないため、店に持ち込んでくれれば工賃を貰って対応するとした。
また、加熱と冷却の呪符はリォンリオーネ自身が製造卸しをすることにした。
そして、この商品がリォンリーネの店が関与していることを隠すため、東方の錬金術師が発案した新商品という事で道具屋間で口裏を合わせることにした。
この真空断熱ボトルも販売すると同時に、新しいもの好きな冒険者を中心に売れ出していた。
呪符のほうはそれなりに高い価格を設定せざるを得なかったが、旅の途中で冷たい水が飲めるという事で水系魔法士のいないパーティーでは金に糸目を付けずに購入する者もいた。
そのおかげで、リォンリーネの店の収入はどんどん増えて行った。




