「顛末」
結局、アーロス子爵はその場で死亡してしまった。
急ぎ聖教会の療術司※が呼ばれ、検死が行われたが、強い毒物によって体の各臓器が異常動作して死に至ったという事だった。
※医師の相当する教会の役職
現在で言う所の神経毒に相当するもが投与されたのだった。
体には左足首の脛当ての隙間に何かに噛まれたような傷は有ったが、なぜどのように噛まれたかは分からなかった。
アーロス子爵が死んだ後に、ボーズギア皇子に対して調査協力と言う名の尋問が行われたが、すべてアーロス子爵が引き起こした事だと供述した。
要約すると以下の通りだった。
リスキス村の解放の後、アーロサンデに戻った魔王軍討伐部隊。
ボーズギア皇子は、アーロス子爵に会うや、部隊と切り離され、この別荘に閉じ込められたのだと言う。
そして知らない間に、勇者ジンダイを捕えるために守備軍を動員して手配したようだと。
その上に、皇帝陛下の勅使が現れたと知り、何故か、今回のような行動をしたようだと。
勝手な行動を次々と行うアーロス子爵を、ボーズギア皇子自身は諫めたが、聞き入れなかったのだと証言していた。
普通、そんな事を聞いても、にわかに信じる者は居ない。
なにせ、アーロス子爵にとって、ボーズギア皇子を上位者として扱っていたのだから。
しかし、現場に指示を出していた張本人のアーロス子爵が死亡し、どこまでがアーロス子爵の意思であったのか。
逆に言うと、どこまでアーロス子爵が指示を受けて動いていたのか、を表す事が今は明らかにできない状況だった。
その上で、ボーズギア皇子が無関係だと言って譲らなければ、皇子の責任を問う事はかなり難しい。
ボーズギア皇子は、万が一を考えて表には出ず、この別荘に籠りきって、手足としてアーロス子爵を使っていたのかも知れない。
最悪の場合になった時に、切り離せるように。
しかし、それを示す確証が無ければ、ただの推測であった。
特に、政治的に対立する相手側からこれを言い出せば、皇子を陥れようとする策謀と反撃されるかもしれなかった。
勇者ジンダイの件については、ボーズギア皇子の弁では、確かに、戦術や作戦方針などで対立があったと言う。
しかし、見解の相違により司令官が謹慎を言い渡したのにも関わらず、部隊から離れ、単独行動を行った事。
単独行動の理由を質した司令官に反目して、行方不明になった事など、ボーズギア皇子の言い分で証言を行っていた。
しかし、魔王軍討伐部隊の他の者の証言を聞くと、単独行動を行ったのは司令官が約束を破って作戦行動を強要し、従わないからと指揮官を解任したからだった。
単独行動を質したというのも、敵に通じていた疑いなどと根拠の無い言動を以って行われたことであることが分かった。
だが、この事だけを以って、ボーズギア皇子を何らかの罪に問うたり、処罰が行われるものでもない。
皇子の上司にあたるのは皇帝陛下か国防大臣ぐらいなので、皇帝陛下にしっ責していただくぐらいの事までで、大勢は変わらないと想像できた。
せいぜい、感情的な指揮をする司令官、司令官としての資質に疑問がある皇子、といった悪評が立つぐらいだった。
そんな悪評も、今のボーズギア皇子と、背後にいるリューベナッハ皇妃の権力があれば、握り潰せるだろう。
「ふわ、はぁ・・・」
セレーニアは机にの書類をちょっと置いて、背伸びをし、あくびをする。
心身の疲れはかなり深刻だった。
セレーニアはあの騒動の後、アーロス領主別荘を一時的な住居としていた。
この数日の事後処理や関係者の取り調べ、皇国との連絡に都合がよいからだった。
領主を失ったアーロスの地は、現在、中途半端な状態に置かれていた。
本来であれば後継者が領地を引き継ぐことになるのだが、反逆者の疑いがかけられているので処遇が決まっていなかった。
アーロス子爵の無縁者で、ある程度の地位と統治技能を持ったものとして、一時的に、セレーニアがアーロス領総督代行に任じられていた。
「コンコン」
ノックの後、すぐに扉が開かれる。
大きくあくびをするセレーニアと、入ってきたアレジアと目が合う。
「もお、ノックしたのなら返事を待ちなさい」
すこし怒ってセレーニアが言う。
「いやー忙しくて、セレーニア様、ジェネイル隊長がもう出発する時間ですよ」
アレジアは悪びれもなく、用件を伝える。
「あら、大変、急いで行くわ」
セレーニアは身なりを整えて、部屋を出る。
近衛隊第四部隊は今まで同じく別荘に駐留していたが、皇国軍の一般部隊と入れ替わりに皇都に帰るところだった。
セレーニアは赤いプレートメイルの騎士に走り寄る。
「ジェネイルさん!」
セレーニアの声に振り向くジェネイル。
「セレーニア、見送りに来てくれたか」
ジェネイルは精悍な顔つきを向けてセレーニアに微笑む。
「今回は本当に助けていただきました」
「このお礼は何と言ってよいか・・・」
セレーニアの言葉にジェネイルはウインクして言う。
「じゃあ、これで借りは無しだな」
その言葉にセレーニアは答える。
「いえ、今度は借りができちゃいましたね」
その言葉にジェネイルは笑って答える。
「では、皇都に戻ったら返してもらうよ」
そういって手を振ると、自分の馬に向かっていった。
忙しくて聞けなかったが、セレーニアは要請する前に近衛隊第四部隊が現れた事を思い出した。
「そういえば、どうしてジェネイルさんはアーロスに来たのかしら?」
横に付いていたアレジアに聞いてみる。
「ジェネイル隊長は各領地に私的な調査員を配置しているんですよ、その情報じゃないですかね?」
それを聞いてセレーニアは驚く。
「さ、さすがジェネイルさん、仕事の鬼ね」
勇者ジンダイの失踪の調査から意外な展開を見せたが、結局、勇者ジンダイの消息の情報は得られないままだった。




