「制圧」
セレーニアは護衛であるトールズとアレジアのほうを向いて言う。
「護衛に指定したばかりに、ごめんなさいね」
「わたしは正義を示すため、最後まで、ここで抵抗することにするわ」
「現時点で、あなたたちの護衛の任を解きます」
そういうセレーニアに、トールズは言った。
「護衛の任を解かれると困ります」
その言葉に不思議な顔をするセレーニア。
「なぜ、かしら?」
「だって、皇帝陛下の勅命を帯びた勅使を守って戦死するんですよ、二階級特進モノです」
「実家でも英雄扱いしてもらえますからね」
アレジアはトールズを肘で小突いて言った。
「もー、素直じゃないんだから」
「ねー、セレーニア様」
トールズは小突かれた所を押さえて言った。
「痛いよアレジア、戦う前からダメージ与えないでくれるかい」
セレーニアはうつむいて、微笑みながら言った。
「ええ、そうね。では、護衛の任務は継続、少しでも長生きして、チャンスがあればアーロス領主の反乱を皇都に知らせる事」
「最後の命令は、それがいいわね」
セレーニアの言葉にトールズとアレジアは頷いた。
セレーニアは一歩前に出て宣言する。
「兵士達よ!我々に刃を向けるは、皇国に刃を向けるも同じ!」
「その覚悟がある者からかかってきなさい!」
セレーニアがそう言うと、3人がそろって剣を抜いた。
アーロス子爵はため息をつき、右手を振り下ろす。
しかし、皇国に刃向かうもの、と言われたために包囲している兵士たちに迷いが生まれている。
槍や刀剣を3人には向けているものの、じりじりと睨み合っている。
皇国に刃向かうと言われたアーロス子爵も早くこの件を片付けて楽になりたかったため、兵士たちをせかす。
「早くかかれ!相手は3人しかいないんだぞ!」
その言葉の直後、なにやら通りの向こう側が騒がしい。
セレーニア達を囲む兵士の輪の向こうに土煙が巻き起こっていた。
馬上からアーロス子爵が目を凝らす。
そして、そこには大きく掲げられた旗があった。
皇帝陛下から下賜された近衛第四部隊の部隊旗であった。
アーロス子爵は目を見開き、唖然とする。
そして周囲の兵士を蹴散らし、騎馬兵の一団がセレーニアを囲む兵士たちの前に現れた。
騎馬兵の先頭の赤いプレートメイルの騎士を見て、セレーニア、トールズ、アレジアの3人は同時に歓喜する。
「ジェネイル隊長!!」
赤いプレートメイルは、トールズ、アレジアの所属部隊の隊長、リーズノア・ジェネイルのトレードマークであった。
赤いプレートメイルの騎兵はセレーニア達を挟んでアーロス子爵に対峙し、兜を取る。
露になった顔は、兜を装着するためにまとめ上げられた赤髪に、美しい顔立ち、そして濃い青色の目が印象的な女性だった。
「わたしは近衛第四部隊隊長、リーズノア・ジェネイルである」
「皇帝陛下の使者、および、護衛の我が配下の者が脅威にさらされていると聞いて参上した」
「アーロス殿、この状況、どういう事かご説明願えるかな?」
近衛第四部隊は機動突破戦術のために編成された部隊で、主力は騎兵だった。
その騎兵部隊の半分ほどを引き連れてやってきた。
その数は約50騎。
アーロサンデの街の入り口から馬による機動突破で衛兵たちを蹴散らし強引に押し入ってきたのだった。
アーロス子爵はこの状況に混乱していた。
『なぜ、突然、近衛隊などが我が領に??』
『いや、慌てるな、我が領地に土足で踏み込まれる言われはない』
そう思い返してアーロス子爵は答える。
「近衛部隊が領内に入ることなど聞いておりませんぞ、こちらこそ、どういう事かお聞かせ願いたい」
これはアーロス子爵のほうが正論だった。
いくら皇帝の使者に危険があっても、まずは領主に話を通すのが筋だった。
逆に言えば、アーロス子爵には、筋論しか今の状況では頼れるものは無かった。
もう戦力的には不利な状況であり、正義もない。
「反乱」
ジェネイルがぼそっと呟いた言葉にアーロス子爵は背筋に冷たいものが走る。
一拍おいて、ジェネイルが続ける。
「皇帝陛下に仇名す者は、近衛隊の名において討ち果たす、それだけの事だ」
アーロス子爵が最も恐れていた言葉を聞いて恐れおののく。
彼自身、皇国に刃向かうなど本心から思っていなかった。
反乱した領主の末路は一族打ち首の上、皇国の歴史から家名が消されるという厳しいものだからだ。
ただ、次期皇帝の皇子の指示を聞いていただけのつもりだった。
「し、証拠が有りません、なぜ陛下に忠誠を誓う私が・・・」
アーロス子爵は震えながら抗弁する。
「ならば勅命の書を持つ使者に危害を与えようとする今の状況はどう言い訳するのか?」
ジェネイルは冷たい目でアーロス子爵に告げる。
「それは・・・勇者ジンダイが・・・」
アーロス子爵が何か言いかけるが、ジェネイルが言葉を被せる勢いで言う。
「勇者ジンダイ様は皇帝陛下が勇者としてお認めになった御方である!」
「その御方を真偽が定かでない話で手配し、その調査に赴いた勅命の書を持つ使者を害しようとする所業!」
「これを皇帝陛下の命を蔑ろにする反乱者と見て、何がおかしい!!」
ジェネイルも理論武装なしにアーロス領の中心都市に無断で踏み入った訳では無かった。
アーロス子爵は筋論でも、もはや勝てなかった。
ビゼール・アーロス子爵は馬上でうな垂れ、自身の負けを認めたのだった。




