「投降」
セレーニア達が刺客の襲撃を撃退し終わったころ、負傷したアレジアが部屋に戻って来た。
「アレジア、大変!」
セレーニアは腰から大量の血を流したアレジアを見て慌てて回復薬を探す。
「いてて・・・ちょっとミスっちゃいました」
アレジアはカラ元気で応える。
しかし、形相は真っ青で、今にも倒れそうな雰囲気だった。
「キミが居ない間、セレーニア様の護衛の役はしっかり果たしたからね」
トールズはこれ見よがしにアレジアに告げる。
「はは・・・助かったよ、トールズ・・・」
そう言うとアレジアは倒れ込む。
さっとトールズが前に出てアレジアの体を支える。
「さあ、これを」
セレーニアは回復薬を傷口にかけ、アレジアに飲ませる。
内臓が傷ついていると回復薬では治療効果があまり期待できない。
アレジアの傷は腎臓を狙って刺されたが、背中からのたため、狙い通りには刺せなかったようだ。
狙い通りに刺さっていたら、痛みで失神したかも知れないし、出血でもう生きてはいないだろう。
背中の傷は回復薬で治療されたようだが、内部の傷まではわからない。
あと、失った血も回復するわけでは無い。
少しの間、寝かせて様子を見る必要が有った。
アレジアは少しして意識が戻った。
混濁した意識の中、寝ている自分を認識し、刺客の襲撃を思い出す。
慌てて体を起こそうとするアレジア、しかし、背中に激痛が走る。
「うっ!」
肘を立てて体を起こしたが、痛みで声を出してしまった。
「気づいたわね、これなら命は大丈夫でしょう」
セレーニアは安心したように言う。
アレジアは痛みを抑えて立ち上がる。
「アレジア、もう一度回復薬を飲んで寝ていなさい。今はまだ相手の動きは無いわ」
セレーニアは無理に体を動かそうとするアレジアを制止する。
「セレーニア様、軍の部隊が!」
外を監視していたトールズが、表に動きが有った事を告げる。
セレーニアも外の様子を確認すると、軍の部隊が宿を包囲し、1部隊が宿の中に入ろうとしている所だった。
「恐らく、包囲している兵士は30名ほど、抵抗は難しいわね」
「仕方が無いわ、降伏しましょう」
セレーニアの言葉にトールズもアレジアも反論する。
「わたしが囮になります、その間にセレーニア様だけでも脱出を」
トールズが意を決して言う。
「わたしも全力で抵抗して時間を稼ぎます」
アレジアも回復薬をあおり、ふらふらと立ち上がる。
「いえ、抵抗は禁止します。軍なら抵抗しなければ直ぐには殺しはしないでしょう」
「次のチャンスに賭けましょう」
セレーニアは2人の気持ちは嬉しかったが、投降する事を選んだ。
突入してきた軍の部隊は、点々と死体が転がっている惨状に驚いていたが、セレーニアは抵抗の意思は無いと告げた。
部隊の隊長も、宿に居る一団を確保し連れてこいと言われただけのようで、扱いは丁寧だった。
セレーニア達が貴族であることを認識していたのであろう。
外に連れ出されたセレーニア達は、馬に乗ったプレートメイルの騎士姿の者の前に引き出された。
「わたしは皇帝陛下の勅命を受け、アーロスに来た使者」
「この騒動は何事ですか!?」
馬に乗った騎士は、兜の面を空け、顔を見せる。
ビゼール・アーロス子爵だった。
想像通りであったが、あえて驚いたようにセレーニアは話す。
「アーロス子爵!?、われわれは勅命にて行動しているとご存じのはず」
「すぐに自由にしていただきたい」
アーロス子爵はじっと見て、一瞬目を瞑った後、言った。
「セレーニア様、確かに勅命の書はお見せいただきました」
「しかし、あなた方が魔王軍に通じる裏切り者の勇者ジンダイを味方しているという情報を得ました」
「そして、その勅命書も偽造の疑いが有ると」
「我々にて拘束させていただき、取り調べを行いたいと考えています」
デタラメだが、ここに居る者は全てアーロス領主の配下。
そしてこの領内では勇者ジンダイは魔王軍の一味と信じられており、その仲間となれば、領主の行動に一定の理が有ると考えるだろう。
そう考えたセレーニアだが、連行されてしまえば、後は密室で処理され、もう逃れることは難しくなるだろうとも考えていた。
「それは事実ではありません。アーロス子爵の誤解、そんな、あいまいな情報で勅命の書を冒涜なさるおつもりか!?」
セレーニアの言葉に焦りが入る。
「だから、それを確認するため、少しの間、従っていただくだけの事」
「それに情報は身分確かな方からのもの、疑う余地はありません」
セレーニアはその言葉に付け込む。
「身分確かなお方とは?お名前を伺いたい」
余計な一言に後悔するアーロス子爵、それは言える筈が無かった。
「問答は無用、まずは従っていただく!」
そう言ってアーロス子爵は右手を上げる。
その合図に、兵士たちがセレーニア達を取り囲んで槍を向ける。
『やはり説得など無理か・・・』
『このまま闇に葬られるよりかは、最後の抵抗をして正義を示すしか無いか』
そう思い、セレーニアが覚悟を決めた。




