「画策」
ボーズギア皇子は、アーロス子爵の別荘で、迅代捕縛の知らせを待っていた。
もはやボーズギア皇子にとって、迅代は野放しにしては置けない人物となっていた。
自分の失敗と恥部を数多く知り、その上、自分の命を助けた存在であるからだ。
これが公になれば、ボーズギア皇子は迅代を軽く扱う事は出来なくなるだろう。
そして、そういった事柄をすべて無かった事にする方法、すなわち、迅代の死のみが解決策と考えていた。
自分が皇帝を継ぐ存在と信じて疑わない、ボーズギア皇子は、自身の弱みを放置しておくなど認められないと考えていた。
「コンコン」
ボーズギアの居る部屋の扉をニックする音がする。
「入れ」
ボーズギア皇子は威厳を損なわないように姿勢を正す。
部屋にやって来たのは、アーロス子爵の使用人の一人だった。
「失礼いたします、ボーズギア皇子殿下、主人からの伝言をお伝えに参りました」
使用人の言葉を聞き、ボーズギア皇子は喜び、問いかける。
「おお、ジンダイを捕えたか?」
使用人は表情を変えずに淡々と否定する。
「いえ、今回の伝言は、皇都より先の戦いの調査の使者が参り、皇子殿下と面会を希望されているとの事です」
「お会いになられますか?との、主人からの伝言です」
ボーズギア皇子がそれを聞き、回答に窮する。
迅代という不確定要素が有る中で、今は会いたくないと言うのが正直な所だった。
しかし、会わないことで下手な報告がなされ、皇帝や皇妃である母に余計な疑念、能力の無い皇子、と見られてしまう事も恐れていた。
部隊の損害より、村の解放、という戦果を大きく見せたいと考えていたが、迅代が現れると、誇張や嘘が知られてしまうリスクが有った。
一番良いのは、今、アーロス子爵と画策して手を尽くしているシナリオ。
「裏切り者の勇者ジンダイのために起きた大損害」と「その困難を乗り越えて村を解放したボーズギア皇子」
という筋書きにしてしまう事だった。
そうすれば、クロスフィニア皇女を除いて丸め込むことが出来るだろう。
そのために迅代を捕え、密かに亡き者にしてしまう事が必要だった。
無論、魔王軍討伐部隊の兵員はそれが嘘であることは知っているが、所詮は位の低い者たち。
主要な指揮官や騎士さえ抑え込めば後は何とかなると考えていた。
ボーズギア皇子は少し考えた後、使用人に答える。
「皇都の使者には適当な理由を付けて2~3日は会えないと言っておいてくれ」
「それと、アーロス子爵と急ぎ面会したい旨を伝えてくれ」
「かしこまりました」
使用人はそう告げると退室した。
一方、セレーニアは・・・
トールズとアレジアから聞いた迅代が裏切り者として手配されている件を確認するため、再びアーロス子爵に面会を求めた。
直接アーロス邸に赴いたが、アーロス子爵は外出され2~3日戻らないとの返答だった。
そのうえ、連絡されるはずの魔王軍討伐部隊の兵員や指揮官などの所在地も知らせが来ていない。
使用人にその事を確認しても、主人から聞いていないとの返答しか返ってこなかった。
また、ボーズギア皇子との面会の件も、体調を崩されているとのことで2~3日遠慮してほしいとの事だった。
これでは、何も調査や聴取ができない状況だった。
初日に協力的と思えたが、手のひらを反すように非協力的な態度を示すようになった。
『やはり、アーロス子爵からボーズギア皇子に連絡が行き、対応が変わったのかも知れない』
セレーニアはそんなことを考えながら子爵邸から宿屋に戻るためアーロサンデの街を歩いていた。
しばらくして、後ろに妙な気配を感じる。
後方の雑多な音がすうっと消えた感じがする。
『まさか・・・』
後ろを振り返ろうとすると、前にゴロツキのような風体の3人組が道をふさぐ。
セレーニアは立ち止まって真ん中のリーダーらしい男を見る。
その瞬間、後ろから人が近づく気配を察する。
さっと身をかわし、後ろの男は前につんのめる。
「嬢ちゃん、ちょっと付き合ってもらおうか」
ゴロツキのリーダーはセレーニアを威圧するように言う。
「ふっ、わたしもナメられたものね。こんなゴロツキで抑えられると思われたとはね」
そう言いながら、自身が持つロングソードを鞘に納めたまま、ゴロツキたちに向かう。
リーダーの男とともに前の3人を一瞬で打ち据える。
後ろからは2人の男がいたが、ナイフを取り出し襲ってくる。
それでも、セレーニアは剣を抜かず、ナイフの突きをかわし、鞘だけで残りの2人も打ち据える。
実力差を思い知ったリーダーの男は「おぼえてろ!」というありきたりな捨て台詞を残して逃げ去って行った。
もちろん、他の男たちもそれに続く。
驚いてみている周囲の人たちに、セレーニアは、にこっと微笑んで、元のように歩き出す。
『とうとう実力行使してきた・・・』
『今度は軍隊か、殺し屋かもしれないわね』
『これからは、トールズとアレジアとの3人で行動するようにしよう』
セレーニアはそう思いながら宿屋に急いだ。




