「越境」
夜明けの澄んだ空気の中、迅代は寝ずの番をしていた。
今日はアーロスとリシュターの境界を超える予定だ。
リォンリーネの話では、迅代を軍隊を使ってまで組織的に追っているのはアーロス領内のみのようだった。
『油断はできないが、一息はつける』
迅代はそんな事を考えていた。
前日にぐっすりと寝ることが出来たため、朝まで寝ずの番をしていても、意識もはっきりし、気力も充実していた。
『運が良かっただけだが、結果的にはリォンリーネさんには感謝だな』
陽が昇って少し経った頃、荷車にリォンリーネを起こしに行く。
女性相手なので、紳士的に、だ。
まずは、荷車の側面をノックして、声をかける。
「コンコン」
「リォンリーネさん、朝です」
「・・・」
しばらく待っても荷車の中からは反応が無い。
『ぐっすり眠っているのか・・・』
『もう少し寝かせて、こちらは朝食の準備を・・・』
『あ、水も食料も荷車の中か』
『仕方が無い、もう少し様子を見てから、声をかけるか』
陽も段々と高くなってきた。
『そろそろ起こさないとマズいよな』
「コンコンコン」
「リォンリーネさん、朝です、起きてください」
荷車からは全く反応が無い。
「リォンリーネさん」
「・・・」
物音すら聞こえない状況に不安になる。
『おい、大丈夫なのか??』
もう少し大きな声で呼びかける。
「リォンリーネさん!大丈夫ですか?」
「リォンリーネさん!」
全く反応が返ってこない。
こうなっては躊躇していられない。
荷車の幌の中を覗き込んで声をかける。
「リォンリーネさん!!」
荷車の床にはリォンリーネが転がっていた。
「大丈夫あ!」
迅代はリォンリーネの寝姿に瞬時に幌のカーテンを閉める。
リォンリーネはこっちを向いて寝転がっているが、シャツ一枚で寝ており、胸のふくらみがまともに目に飛び込んで来た。
一瞬混乱したが、少し考える。
あの寝姿を直視するのは失礼な気がしたが、あまりに反応が無いリォンリーネも心配に思う。
迅代は意を決して、姿を直視しないようにして、荷車に手を入れて、リォンリーネを揺さぶろうとする。
「ひゃん」
迅代が何かに手を触れると、リォンリーネが妙な声を出す。
腕に触れようとしたつもりだったが、リォンリーネが姿勢を変えたため、胸に触れてしまった。
「わっ、すみません!」
瞬時に謝る迅代。
さすがにリォンリーネが目を覚ましたようだった。
「う・・・・ん、ん!?」
ぱち、っと目を覚ますリォンリーネ。
目と目が迅代と合う。
「わわわ・・・」
自分のシャツとパンツだけの姿を思い出し、慌てるリォンリーネ。
迅代もさっと幌のカーテンを閉めて、声をかける。
「あ、朝です、起きてください!」
そこにリォンリーネがカーテンから顔だけを出す。
少し顔が赤かった。
「ごめんなさい、結構、声をかけてくれました?」
「え、ええ、何度か」
迅代は顔を赤くして、視線をそらして返事をする」
「ごめんなさい、遮断の魔法をかけていたので、全然聞こえなくって・・・」
「直ぐに着替えて出ますね、もうちょっと待って」
リォンリーネはそう言いながら幌の中に引っ込んだ。
『いや、それならあんな格好で寝るのややめようよ』
迅代はそんな事を思いながら、リォンリーネが出て来るのを待った。
朝食を摂り、いろいろな準備と後始末をした後、少し出遅れたがリォンリーネが馬車を出した。
今日は外の音も十分に聞こえている。
遮断の魔法はかかっていないようだ。
迅代はそれを確認し、眠りにつくことにした。
さすがに馬車の進む音や振動が気になるが、これが本来の状態だった。
昼が過ぎる頃、御者台からリォンリーネが声をかけて来た。
「た、大変です、ジンダイさん」
「ジンダイさん!」
リォンリーネの声に目を覚ます迅代。
「う・・・何かありましたか?」
御者台のほうに顔を出そうとするが、リォンリーネが制止する。
「顔は出さないで下さい」
「軍隊の検問です」
迅代は焦る。
『道に検問まで・・・かなり大がかりな対応をしているんだな』
迅代はリォンリーネに問いかける。
「じゃあ、俺が荷車から降りて、迂回し越境してからリシュター領内で合流しよう」
そう言って迅代が行動しようとすると、リォンリーネが止める。
「あ、待って、動かないで」
「馬車の後方にも馬に乗った兵隊さんが見張ってます」
こうなると迅代は身動きできない。
『最悪の場合は、兵士を倒してリシュター領内に入るか』
見つかった場合はそれしか無いと迅代は考えていた。




