「道中」
リォンリーネが操る馬車の荷車で、迅代はぐっすりと寝入っていた。
昨晩の夜は決めた通り、朝まで寝ずの番をしていたからだ。
また、昨日までは木の上で体を縛って寝ていたため、十分な睡眠がとれていなかった。
朝食を摂った後、リォンリーネに昼食はどうするのか聞いた。
この世界の庶民は昼食を摂らない場合も多いと聞いたからだ。
リォンリーネは昼食を摂るつもりがなかったようだったので、そのまま今日の野営地まで起こさないでほしいと言っておいた。
「ジンダイさん、着きましたよ」
リォンリーネが馬車の荷車をのぞき込み、起こしに来た。
しかし、迅代は身じろぎもせず、スースー寝息を立てている。
「ジンダイさーん、おきてー」
「ジンダイさーーん」
さすがに何度も呼ばれると、目が覚めてくる。
「う、ううう・・・つき、ましたか」
迅代はかなりぐっすりと寝ていたようだった。
いつもならリォンリーネが荷車に来た時点で起きていただろう。
迅代はむくりと体を起こす。
荷車の中から見える風景の陽はかなり傾いていた。
馬車は道の横の木が生えていない広場に止めてあった。
「ありがとうございます、リォンリーネさん」
迅代は礼を言うと、起きる準備をする。
リォンリーネは迅代が起きたのを見て、すこし笑いながら、火おこしと食事の準備を始める。
『久しぶりにぐっすり寝た気がする』
『作戦行動の途中から、逃避行が始まってしまったからな』
『これもリォンリーネさんという良い人に巡り合えたからか』
そんなことを考えながら、夜間の番をするための準備をして、荷車から降りる。
「久しぶりにぐっすり眠れました、リォンリーネさんのおかげです」
荷車から降りると、迅代はリォンリーネに礼を言った。
「いやあ、そんな、わたしも助けられましたし」
照れたような表情で謙遜する。
「周りが安全か見てきます」
「ええ、お食事、作っておきますね」
リォンリーネに見送られながら、迅代は寝起きのウォーミングアップがてら周囲の安全確認を行う。
ふと、起こしに来てくれたリォンリーネの姿が思い浮かぶ。
そして、先ほど見送ってくれたリォンリーネの姿も。
『なんだか、今までと、少し違うような・・・』
『そうか、セレーニアさんはいくら親身になってくれても、仕事の一環だったからな』
『リォンリーネさんは個人の縁で知り合った人だからか・・・』
きれいなセレーニアより、かわいいリォンリーネのほうが迅代の個人的趣味に合っていたのかもしれない。
迅代はぶるぶる頭を振る。
『馬鹿な事を考えるな、旅の仲間、それだけだ』
馬車に戻ると、リォンリーネは迅代のほうを向いて微笑んで言った。
「お食事、できましたよ」
「今日は干し肉とパンとお茶だけですけど」
迅代はすこし照れながら返事をした。
「ありがとうございます。パンを食べられるだけうれしいです」
パンはリォンリーネの保存壺のもので日持ちがする。普通の長旅ならまずいパグルの類が出てくるところだ。
火を囲み食事をしながら、今日の情報交換をする。
「お昼前に商人の荷馬車とすれ違いましたね」
「すこし止めてお話をして、盗賊が出た事をお話しておきました」
それを聞きながら迅代は反省する。
『俺は護衛失格だな、馬車を止めたことに気づかないとは・・・深く眠りすぎだ・・・』
リォンリーネは続ける。
「その人たちに大丈夫だったかってとても心配されたけど、旅の冒険者が助けてくれたって言っておきました」
「それ以外は何もなかったですね」
一通り話を聞いて迅代は口尾を開く。
「そうですか」
「すみません、護衛失格です。他の馬車とすれ違ったことに気づかなくて・・・」
その言葉にリォンリーネが言う。
「いえいえ、当たり前ですよ」
「え?」
困惑する迅代にリォンリーネは続ける。
「荷車は、遮断の魔法をかけてましたから」
「ジンダイさんお疲れでしたから、静かなところで寝てもらおうと思ったんです」
迅代は驚いた顔をする。
「えええ」
驚く迅代を見て不思議そうにするリォンリーネ。
「え?なにか?」
気遣いはうれしかったが迅代は注意する。
「それは、危険です、音が聞こえていないと危機に遭遇した時にアクションが遅れます」
「明日からはしないでください」
迅代の真剣な言葉に、リォンリーネは素直に意見を受け入れる。
「はーい」
すこしへこんだ様子のリォンリーネに迅代は心苦しくなる。
「でも、本当に今日はぐっすり寝ることができました」
「そこは感謝していますよ」
リォンリーネは微笑んで言った。
「よかったです」
『しかし、何でも魔法で解決する人なんだな』
そう思いながら迅代はリォンリーネに微笑み返して頷いた。
いよいよ明日はアーロス領の境界を超える予定だった。




