「御触れ」
セレーニアは子爵邸に挨拶に行く時間の間、護衛の2人には町の様子を見てくるように伝えていた。
護衛は、一人はトールズという20代の男性、もう一人は、アレジアという20代の女性で、二人とも地方貴族の子息だった。
特にアレジアはアーロス領の隣、ネール領の出身で、アーロサンデにも詳しいとの事だった。
トールズとアレジアは町の雰囲気を知るべく、アーロサンデのメイン通りの商店街に来ていた。
「騎士様!どうだい?これ、食べないかい?」
肉と野菜の串焼きの露店主に声を掛けられる。
トールズは無視しようと去りかけるが、アレジアはトールズの袖を引っ張って、露店に向かう。
「遊んでる暇はないだろ、アレジア」
真面目ぶった文句を言うトールズにアレジアは皮肉っぽく言い返す。
「あら、じゃあトールズはどうやって街の雰囲気をお調べになるのかしら?」
「そりゃ、適当な人を捕まえて話を聞けば・・・」
「分かってないわね、庶民の気持ちが」
「庶民はお金を払ってくれる人にはちょっと面倒な事でも対応してくれるものよ」
アレジアが知ったような口ぶりでトールズにマウントを取る。
「そ、そうかよ」
あまり庶民慣れしていないトールズはアレジアの言葉に従う事にする。
「おじさん、その串焼き2つちょうだい」
「へい、毎度」
焼けた串焼きの一つをトールズに渡し、アレジアは早速食べだす。
「あちっ、でも、おいしい!」
笑顔で店主に言う。
「へへ、そうだろう、この辺りじゃあちょっとは有名店なんだぜ」
店主は照れたようにさりげなく自慢する。
「実はさ、今日、アーロサンデに着いたところなんだけど、知っておいたほうが良い事とかある?」
さっくばらんに店主に話しかけるアレジア。
「そうさねえ、最近の話題はもっぱら魔王軍の事、リスキス村での惨劇だよなあ」
「おかげで、観光客がめっきり減っちまって、商売あがったりだよ」
その言葉にトールズとアレジアの瞳が鋭くなる。
「へえ、私は魔王軍の担当じゃないから知らないんだけど、惨劇ってそんなにひどかったの?」
アレジアの問いに、店主は世間話のようにと話し出す。
「ああ、なんでも、ジンダイとか言う勇者が裏切ったせいで村は全滅、皇国軍が大損害を受けたらしいと聞いたね」
「え??」
トールズとアレジアはその言葉に驚く。
「勇者ジンダイ様が裏切り?」
トールズが話に首を突っ込んでくる。
「え?知らないのかい?」
店主は不思議そうな顔で問い返す。
そして店主はその時の様子や内容を教えてくれた。
「このアーロサンデだと、3日前に区画内の住人をわざわざ集めて、守備隊の隊長さんが言ってたんだぜ」
「ジンダイと言う黒髪、黒い瞳の勇者を見たら、魔王軍が居るかも知れないから通報しろってさ」
「まあ、俺は通りで通行している人は見てるけど、黒髪の奴には出会ったことはないけどね」
「だから、この町には居ないと思うぜ」
トールズとアレジアは顔を見合せる。
「ジンダイ様は行方不明とは聞いていたがどうなってるんだ?」
トールズが呟く。
それに対してアレジアも応える。
「ジンダイ様が裏切ったなんて情報は全く聞いていないよね・・・」
深刻に話し出す2人に店主が言う。
「なんだい?騎士様でも、この話は全く知らなかったのかい?」
トールズとアレジアは店主に向かって頷く。
「恐らく、全ての町や村で守備隊の人が触れ回っていると思うが・・・」
「魔王軍が居るかも知れないなんて聞いたらおっかないしね」
「すでにアーロスから去ってくれていることを祈るよ」
トールズとアレジアは、他の店や、通行人にも聞いてみたが、同じく「ジンダイの裏切り」の話は知っていた。
2人は夕刻前に宿屋でセレーニアと合流し、その話を告げた。
「そ、そんなバカな話が・・・」
セレーニアは絶句した。
トールズは続ける。
「どうやら皇都に伝わっている話と、アーロス領での話や行動は異なっているようで」
「領内の村や町にも広く、この御触れが出ているようで、ジンダイ様を捕えようとしているようです。
セレーニアは押し黙って考える。
『やはり、領主、と・・・ボーズギア殿下が画策していると見るべきね』
『このような事を密かに行っているという事は、それを調べる私たちも、危険が有るかも知れない』
セレーニアはこの任務の対応をより慎重にするべきだと考えていた。




