「埋葬」
馬車の荷台に怯えてうずくまる女性に、迅代は優しく話しかける。
「危害は加えない。盗賊を撃退した。助けただけだ」
女性は顔をあげ、返事をする。
「助けて、くれるの?」
「ああ、心配しなくて良い」
迅代はそう言って、女性に尋ねる。
「それより、回復薬を持っているか?」
「え、ええ、怪我したの?」
「ああ、盗賊たちがな」
「盗賊・・・助けるの?」
女性は盗賊を助けるという言葉に警戒の色を示す。
「まあな、優先度は低いが」
「倒れているお仲間のほうを先に様子を見るよ」
「わかった、少し待って下さい」
女性はごそごそと荷物をあさり出す。
ショールのようなものを頭からかぶった状態で顔が少し見えたが、耳が大きく尖っているようだった。
『エルフ族の女性なんだろうか?』
迅代はそんな事を思いながら、女性の行動を見守る。
彼女は回復薬の小瓶を2つ差し出した。
「これだけしか無いけど」
迅代は受け取って礼を言う。
「わかった、ありがとう」
「もう、出ても大丈夫ですか?」
「ええ、馬車からは離れないで」
そう言い、迅代は、転々と倒れている商人や冒険者を確認する。
「お、おい!助けてくれ、血が、止まらねえ」
悲壮な顔をして盗賊の一人がそばを通る迅代に話しかける。
迅代はその盗賊を一瞥したが、そのまま向こうに倒れている冒険者の元に向かう。
「ヤバい、さむい・・・死にそうなんだ・・・」
もう一人の盗賊も震えながら哀れな声を出す。
それも迅代は無視して盗賊に倒された人々を確認する。
その様子を助けた女性は馬車の前に座り込んで眺めていた。
全ての人の確認が終わった後に、倒れている盗賊のところに行く。
「死なないかは運次第だ」
迅代はそう言うと、回復薬の1瓶の半分づつを二人の盗賊の傷の深い部分にかける。
これにより二人とも大きな出血は止まったようだった。
「早く消えろ、俺の気持ちが変わらないうちに」
わざとドスが利いた声で迅代が言うと、二人の盗賊は礼も言わずに這いずるように去って行く。
彼らは懲りずにまた盗賊をするかもしれない。
ただ、迅代は軍務以外の個人で人に死の裁きを与えるような事は出来ないと考えていた。
迅代は馬車の所に戻って、生き残りの女性に話しかける。
「みんな、死んでいた、遺体は埋めるか?」
生き残りの女性と月明かりの下で顔を合わせる。
女性はやはり耳が尖っている所に目が行く。
『年齢はそれほど高くないように見える、20歳前ぐらいか?』
『しかし、エルフ族は長命で、外見から年齢はわかりにくいというからな』
迅代はゲームなどのエルフといえば金髪なのかと想像していたが、彼女の髪は亜麻色だった。
顔も美形というよりは素朴で可愛い感じで、それでいて、社会人経験が長いOLのような雰囲気も感じた。
そんな事を思っていると、彼女の顔が怯えて、体がわなわなと震えていることに気づく。
月明かりに照らされた迅代の容姿に怯えているようだった。
そこで思い当たる。
『勇者ジンダイの話を聞いたって訳か』
迅代は頭をかき、ため息をつく。
「何もしないから安心してくれ、死んでいる護衛と商人を埋めたら、すぐに去る」
迅代の言葉に、女性は怯えたまま、うん、と頷く。
迅代は道の脇の広くなっているところの草むらに穴を掘る。
ショベルのようなものは無いので、護衛の武器のショートソードを使って土を掘る。
5人の遺体を埋めるためには、それなりに大きな穴がいる。
しばらく掘っていると、女性も迅代をまねて穴掘りを手伝いだした。
二人は何も言わず、黙々と穴を掘って、5人分の遺体を麻袋に入れて地面に並べた。
「防腐の魔法をかけておくわ」
「後で遺族や冒険者ギルドがきれいな状態で掘り起こせるように」
そう言って女性は遺体に魔法をかけた。
遺体が埋め終わった所で、迅代が言う。
「災難だったな、これで俺は行くよ」
「俺に会ったことは誰にも言わないでくれ」
迅代がそう女性に告げると、女性が口を開く。
「ごっ、護衛をお願いできませんか??」
なんとか絞り出したような口調で迅代に聞く。
一瞬、迅代は黙り込む。
そして口を開く。
「勇者ジンダイの事は聞いているんだろう?」
迅代は彼女が気付いているであろう事に水を向ける。
彼女はうなずいて言った。
「勇者なのに仲間を裏切って魔王軍に組し、討伐の部隊の大損害を引き起こし、多くの人を死なせた、卑怯者の敵」
その言葉を聞いて目を瞑る迅代。
そして口を開く。
「俺はそんな事はしていない。」
「だが、今の皇国相手にそれを主張しても覆る事は無い。」
「そういう立場なんだ、俺は」
迅代はじっと女性を見つめる。
「そういう立場・・・」
そう言いかけて、女性は首を振る。
「あなたは皇国の人たちが広めているような卑怯な人ではない。それはこれまでの態度を見ていれば分かる」
「あのままだと、私は盗賊にどんな目に遭わされていたかわからない」
「死ぬよりつらい目に遭わされて殺されるか奴隷として売られていたかもしれない」
「それを助けてくれたあなたを、私はすべてをかけて助ける、恩返しとして」
彼女はじっと迅代の目を直視する。
それを聞き、すっと息を吸う迅代。
「信じてくれて、ありがとう」
いくら心が強い迅代でも、味方無しに一人逃避行を続けるにはそろそろ限界が来ていたのかもしれない。
瞬間、泣きそうになった自分に迅代は驚いた。
「そういえば、名前を聞いても?」
迅代が女性に言う。
「あっ、そうでした」
素朴な笑顔で笑う女性、続けて自己紹介をする。
「私はリシュターの町で道具屋を営むリォンリーネ」
「エルフかと思ったかもだけど、ハーフエルフなの。よろしくね。」




