「解放」
「隊長、やっぱり帰ってこないんすかねえ」
オーリアは視線だけ警戒範囲の深夜の野原に向けて呟いた。
「アークスさんの説明を聞く限りは、逃げて正解だよ」
ヴォルカも視線は警戒範囲に向けたままだ。
二人は魔物の奇襲に備えて寝ずの番を割り当てられていた。
魔王軍討伐部隊では、大損害を受けたため、作戦の継続について協議が行われた。
その結果、翌朝、敵に再編成の機会を与えないため勇者を中心とする攻撃部隊を以て村に突入、一気に解放すると言うものだった。
なお、今回は一部の兵員を犠牲にするような陽動作戦は行われない。
これでは実質最初の作戦と変わらないのだが、今度はかなり勝算が高いと思われた。
何故なら、戦力比で見ると、当初10対10ぐらいだったものが、今では7対3ぐらいになっていると見ているからだ。
魔王軍側はAクラス、Sクラスの魔獣が打ち倒され、戦士級のミノタウロスも2体倒した。
残る強敵は、指揮官の悪魔ぐらいと見られていた。
皇国軍側に健在な勇者が3人居るのが何と言っても大きい。
ただし、一般兵員の損害は甚大だった。
人数ベースで見ると、魔王軍討伐部隊の3割の兵員が死亡した。
これでは部隊として戦闘不能判定される損害数だ。
また、重軽傷を負った兵員は回復薬とヒーラーの治癒で回復はしたが、精神的に戦えない兵士が多数居た。
魔物の奇襲の恐怖、自分の死の恐怖、そして、仲間の死の恐怖は、どんな屈強な精神の持ち主でも勇気を削る。
また実際に戦闘になれば、戦えない者も出てきかねない状況だった。
それほどあの奇襲は効果的なものだった。
そんな状況でも、司令部が多大な損害を受けながらも救援され、司令官が生き残り、魔法支援部隊が少ない損害を保てた。
そして、優先順位を誤らず、効果的な救援を行って、攻撃部隊の勇者が健在を維持できたのも、全て迅代の介入が有ったからだ。
その事を多かれ少なかれ、部隊の兵員、そして、勇者たちはわかっていた。
だが、迅代はその後、行き先も告げずに居なくなった。
さすがにこれは、軍隊という組織では擁護できない行動であった。
しかし、ボーズギア皇子のあの執拗な迫害を見れば、大多数の者が、やむを得ないとも感じていた。
誰の目から見ても、異常な執着だった。
だが、専制政治下に生きる人々は、この異常な事も、受け入れなければならない状況が有るのも解っていた。
「おい、無駄話が多いぞ」
不意に声を掛けられて、ヴォルカはビクッと飛び上がる。
「アークスさん・・・」
後ろには騎士アークスが立っていた。
ヴォルカはまずい会話を聞かれたと後悔していた。
仮にもアークスは皇子殿下の護衛騎士、皇子派なのだから。
「こんな深夜になんすかー?」
半分寝てるような目でオーリアが振り返って言う。
「おまえ、眠そうだな」
アークスは呆れたように言う。
「だって、あれだけ昼間動いたんすから、眠くもなりますよ」
オーリアが相変わらず物おじせずに言う。
「ああ、お前たちは良くやった。助けられたよ」
アークスは素直に評価の言葉を口にする。
「いやあ、そうですか?」
オーリアは照れたようにニヤけて頭をかく。
「で、何か御用ですか?」
ヴォルカは醒めた口調で水を差す。
「あー、その、なんだ」
「私もお前たちの上司だからな、様子を見に来たんだよ」
アークスはそう言いながら、貴族用に配給されているビスケットの包みを渡す。
「おおおお、おおー、丁度、小腹が減ってきたとこなんす」
オーリアはあからさまに喜ぶ。
ヴォルカはオーリアにしっという身振りをして、無言で受け取る。
『これは囮作戦の罪滅ぼしのつもりなんだろうか、どういう風の吹き回しなんだか』
ヴォルカは心の中でそう考えていた。
「じゃあ、明日の交代時間まで、居眠りするなよ」
そう言って、後ろ手で手を振りながら帰って行った。
アークスとしては、この二人も、迅代も一緒に戦った仲間という意識だった。
翌日、朝陽が昇り切る頃、魔王軍討伐部隊の攻撃部隊を先頭に、魔法支援部隊が村に突入する。
攻撃部隊には支援部隊と輸送伝令部隊から選抜された臨時部隊も組み込まれ、村の内部の探索要員とされた。
そして、間を置かず、村は解放された。
村の中には留守番の魔物の小部隊が居ただけで、悪魔の指揮官を含め、主力は撤退した後だった。
村民は一人残らず連れ去られた後だったが。




