MVP 【月夜譚No.217】
明日の球技大会は、例年とは違う。帰りの電車の中で、彼は拳を握った。
球技大会の種目やルール、場所がいつもと異なる、ということではない。単に個人的に、彼自身の心の持ちようが違うということである。
というのも――
「……――っ」
先日のことを思い出し、彼は今一度拳に力を籠める。
三日前の放課後。人気のない体育倉庫の裏側で、彼が勇気を出して告白を果たしたのは、同じクラスの女子だった。
が、告白の文言を最後まで言い切る前に、あっさりとフラれた。それはもう、ばっさりと。
それなのに、彼は諦めきれなくて言い募ったのだ。嫌そうな顔をする彼女に、彼は半分むきになっていたのだろう。
『それじゃあ、今度の球技大会、俺がMVP獲ったら、考え直してくれないか』
今思い出しても恥ずかしい。あんなに食い下がったのは、それだけ彼女のことが好きだからなのだが、それにしてもやり過ぎた。
しかし、彼女は渋々ながらも了承してくれた。ギリギリ首の皮一枚、繋がったのだ。
ともあれ、明日はいつも以上に頑張れねばならない。各種目で最も活躍した生徒に贈られるMVPを獲れば、きっと――。
思わず気合いを入れて振り上げた拳に周囲の目が集まって、彼は顔を赤くしてゆっくり腕を下ろした。