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第7話 戸惑い

 バシェルの背中を見ながら、カークウッドは離宮の廊下を歩いていた。老執事の歩き方には品があった。足取りはしっかりとしており、背筋もピンと伸びている。立ち振る舞いも綺麗だ。さすが皇族付きの執事といったところか。


「申し訳ないが、君には苦労してもらうことになる」

「なにがでしょう?」


 老執事の背中越しに聞こえてきた声に、カークウッドが言葉を返す。


「ハリエットのことだ。すぐ調子に乗る性格(タチ)でな。ミスも多い。君にはオフィーリア様の専属になってもらうが、ほとんどはハリエットのフォローになると思う」


 本当に申し訳ないと思っているのか、バシェルの声には労りの念が込められていた。


「彼女には失礼ですが、代わりの者はいくらでもいるのでは?」


 バシェルの話しぶりからしてハリエットは本当に優秀ではないのだろう。なら他の侍女をつければいい。皇族の世話をするのだから優秀な者は探せばいくらでもいるはずだ。


「……あれしかおらぬのだ。オフィーリア様の侍女であることを望んでくれるのは」


 カークウッドは先程会った皇女のことを思い出していた。カークウッドと目を合わせた時、自分の顔の傷跡を恥ずかしがるように隠した彼女。あれではまるで――

(ただの小娘ではないか)

 カークウッドは心の中で呟く。自分が以前に会った皇女とは随分印象が違っていた。〝人形師(ドールメーカー)〟として対峙した時とは。


 あの時のオフィーリアは堂々としていた。殺しに来た相手が目の前にいるというのに、だ。あの夜の彼女は皇族らしい威厳を纏っていた。

 だが、先程見た彼女にはそれがなかった。取り繕うように見せた上辺の威厳だけだ。

(まさか俺が手に掛けたのは影武者?)

 それならば印象が違うことも納得はできる。


「皇女様はその……ご気性に問題のある方には見えませんでしたが」

「オフィーリア様ご自身には、なんの問題もない」


 不敬だと咎められるかと思ったが、バシェルは何事もなかったかのように話す。


「君は確かマーマデュークの出身だったな?」


 バシェルは大きな港街の名前を言った。ペルンデリア帝国の属州の一つ、帝都から遠くにある海運の盛んな街だ。


「はい。実家はマルロ商会を営んでいます。もっとも私は妾の子ですので肩身は狭いですが」


 それが()()()()()()()()()()()()だった。実際にマーマデュークにはマルロ商会があるし、海運としては大手の商会だ。問い合わせればカークウッドというの人間の身元も保証してくれるだろう。そのように身分を偽装したのだ。


「なら帝都の噂には明るくはないだろうな。オフィーリア様は皇族の中でもあまり……良く思われておらぬのだ。だからオフィーリア様に関わることを嫌がる者も多い」

「それは……伺っても?」


 オフィーリアの立場についてはおおよその見当はついている。バシェルから話を聞いても知っている以上の情報は得られまい。だがここで素直に訊いておけば後々、情報を得るのも楽になるだろう。


「オフィーリア様のお顔に傷跡があるのは見たな?」


 バシェルは立ち止まると、ゆっくりと振り返った。穏やかだが試すように茶色い瞳がカークウッドを見ている。カークウッドは頷いてみせた。


「アーベル様の暗殺事件に巻き込まれた時に出来た傷だ」


 そう言ってバシェルは八年前のことを話した。狐狩りの最中に起こった、第一皇子アーベル暗殺事件。その事件でオフィーリアは一人生き残ってしまった。

 皇后の息子であるアーベルは死に、側室の娘であるオフィーリアは生き残った結果に皇后はひどく取り乱したという。

 更にはその後起こった、離宮建設中の事故。そこでもオフィーリアは生き残った。噂では皇后が仕組んだ事故と言われているが定かではない。しかしその事故を境にして、皇后は正気を失ってしまった。


「離宮での事故でもオフィーリア様は体に大きな傷を負われた」


 体にいくつも傷を持つオフィーリアは、政略結婚の道具として他国に嫁ぐこともできなかった。だから皇后に配慮される形でオフィーリアはこの離宮に隔離されたのだ。


「二度、生死の境から生還したことで、体の傷を〝聖痕〟などと言って持ち上げる者もいる。そのせいで不名誉な二つ名もついてしまった」


 〝死なずの〟オフィーリア。武によって功を立てる軍人なら名誉な二つ名であったろう。あるいは皇子であれば国の繁栄の象徴として持ち上げられたかもしれない。しかしオフィーリアは皇女だ。帝国法では皇女に帝位の継承は認められていない。

 そして第一皇子を失った場に居合わせた為、二つ名は不吉の象徴になってしまった。


「つい先日起こった、オフィーリア様の暗殺の件は面談の時に話したな?」

「はい」

「いまさら何故と思わぬでもないが、今後も起こる可能性はある。若い君を雇い破格な給金を払うのは、もしもの時に身を挺してオフィーリア様を守ってもらうためでもある」

「……承知しています」


 カークウッドの言葉に、バシェルは満足そうに頷いた。


「バシェル様、一つよろしいですか?」

「なんだね?」

「オフィーリア様に影武者はおられないのですか?」


 カークウッドは先程浮かんだ疑問を、思い切って訊いてみた。新参の、しかも盾としてしか考えていない若者に教えてくれるかは分からない。だが情報を得るにはいいタイミングだ。


「おられぬよ。オフィーリア様はなんというか……生きることにあまり執着しておられないのだ」


 バシェルの表情は嘘を言っているようには思えなかった。実際、オフィーリアの部屋に忍び込んだ時も彼女は抵抗しなかった。バシェルの言葉を信じるなら、影武者を用意することもないだろう。

 話すべきことは全て話したといった様子で、バシェルは再び歩き出した。その後ろをカークウッドはついて行く。

(影武者ではない。ならばなぜ生きている)

 カークウッドは思案する。その表情に一瞬だけ、〝人形師〟としての顔が浮かんだ。

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