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03 城の外

侍女のマリーは、市がテオフィデールの所から帰って来るのを、今か今かと待っていた。


(いろんなお嬢様達を見て来たけれど、市様は全然違うわ)


王にすり寄ろうとする貴族の娘。召喚された娘。どの女性よりも気高い。


そして、侍女としての感が、市は今まで人に仕える側ではなく、人に仕えられてきた側の人なのだと感じた。


いきなり別世界に放り込まれたのに、慌てる事もなく、騒ぐ事もせず、状況を把握しようと常に前向きに考えている。


17歳くらいの女性に出来るだろうか。年は同じくらいだが、すぐに敬意を持ってお仕え出来る人物だと思った。



ガチャっとドアが開いて、ニコラが入ってきた。

その後を市が、ゆっくり入ってきた。

市の顔色が悪い。

マリー慌てて駆け寄り、市に聞く。

「どうされました?」

市の代わりに、ニコラが答えた。


「お疲れのご様子です。それと、足が痛むようですので、明日からは、履きやすい靴を用意しなさい」

そして、市を見て心配そうに聞く。

「市様、夕食はこちらにお運びしましょうか?」


「いいえ、今日はもう夕食の必要はない。疲れて、眠くて、食事は出来そうにありませぬ」


確かに、市の顔には疲労感が滲み出ていた。

ニコラは慰めになるような言葉を探したが、見つからなかった。


「わかりました。ではまた明日」と言うとニコラは部屋から出ていった。


そこで、ようやく張り詰めていた市の気持ちが弛んだ。

ソファーに崩れるように座った。


マリーはすぐに市の足を見た。

ひどく、赤くなっていた。


「私が靴のサイズを間違えたばかりに、申し訳ございませんでした」


叱られると思い、体を固くしたマリーに市は、

「大丈夫じゃ。大した事ではない。それにこの靴を履くと、少し背が高くなった気がして楽しかったぞ」

と微笑んでマリーの肩を優しく叩いた。


マリーは、市の赤くなった足に薬を塗りながら

(明日こそはお市様にストレスのかからない衣装をご用意するぞ)

グッと拳を握る。



その日、早めにベッドに入った市は、目まぐるしい一日を思い返しながら眠りに落ちた。







市は夢を見ていた。

燃え盛る炎の中で叫ぶ。


「茶々、初、江。」 

           

誰もいない。

人影が写ったような気がして、

慌てて障子を開けた所で、目が覚めた。西洋式の部屋が見えた。

「もう、帰れんのか・・」とつぶやく。


まだ早朝だったので、 城内は静かだった。

市は、 昨日夕食を食べていなかったことを思い出すと、 急にお腹がすいてきた。


(「 腹が減っては戦は出来ぬ」と言うし、何か探しに行こうかの)

ドアを開けると、 銀と緑の混ざった様な色の長髪で、顔に傷がある若い騎士が、立っていた。


(確か、 執務室にいた男で、えーっと名前は?)と思ったところで首を傾けると、

その騎士も首を傾けた。


その様子がおかしくて、市は笑ってしまった。


「私は、王宮騎士団長のユーグ・ホセ・リオンヌです。市様の警護の役を任命されました」


(警護、または監視かも知れんの)

「ユーグ様、警護ご苦労様です。ところで、私はこの部屋から出歩いても良いかの?」


「はい、陛下の許可がありますので、王宮内であればご自由にどうぞ。それから私の事は、ユーグとお呼び下さい」


「では、ユーグ、私は昨日何も食べずに眠ってしまったゆえ、お腹がすいて耐えられそうもない。私を食べ物がありそうな所に、連れて行ってくれませぬか?」


「それでしたら、侍女に何かお持ちするように、申し付けますが?」


「いいえ、この世界の調理場を見てみたいし、それに何かとても美味しい物が、置いてあるやも知れぬ」

市が小さい子供の様にワクワクした顔で笑う。


(昨日の召喚時の人と、本当に同一人物か?)

ユーグはそう思いつつ、今の市を好もしく思った。


市は昨日入った執務室の前を通り、4階から1階まで降りた。


マリーの用意してくれた靴のサイズはピッタリで、もう足は痛まなかった。


(昨日の靴で1階まで降りていたら、大変だったのぅ)

軽い足取りで調理場に着くと、まだ早い時刻なのに、もう何人かは働いていた。


その中の一人に、ユーグが声をかけると、その男は振り返り、市を見てトボトボと近付いて来た。


白いふわふわ眉毛の、優しそうな男は、少し困った顔で


「ここの調理場の責任者、料理長のクルトと申します。お嬢様のお口に合うかわかりませんが、お腹がすいているなら、このパンをどうぞ」


ふわふわのパンを、かご一杯に入れてくれた。

そして、林檎を2つ持たせてくれた。


お礼を言おうとパンから顔を上げると、すでにクルトはまたトボトボと奥に入ってしまった。


市は忙しいのだろうと、調理場を出た。


部屋に戻る時に、階段の窓から城の外が見えた。


「のう、ユーグ。このパンを食べたら町を見に行きたいのですが、良いかの?」


「王宮の外となると、私の一存では決められません。まず陛下に聞いてからでないと、お答え出来ません」


「そうか。勝手に行こうと思うておったが、そなたを困らせる事になりそうゆえ、返事を待つ事にしましょう。そなた、パンを見つけてくれましたものね」


パンを1つ摘まんで、ニコっと笑った。


「では、私も外出の許可が貰える様に頑張ります。陛下も朝は早いので行ってきます」

ユーグがガッツポーズをした。

あの様子だと、ユーグは必ず外出許可を取ってきてくれそうだと微笑んだ。



部屋でパンを食べていると、マリーがノックして入って来た。

パンを見て


「市様、それは..?」

「お腹がすいての。それゆえ料理長のクルトに頂いたのじゃ」


「市様がお腹をすかせていたなんて、配慮が足りませんでした」


「良いのです。お腹も一杯になりましたゆえ、気にするでない」


そう話していると、ノックが聞こえ、勝ち誇った様にユーグが入って来た。


「市様、外出許可が下りました」

「本当に?」

「本当です」

「じゃあ、早速出掛けましょう。着替えるのを手伝っておくれ、マリー」


「「えっ、今からですか?」」ユーグとマリーが声をあわせた。


「そう、私の国では『善は急げ』と言う(ことわざ)がある」といたずらっ子の様な顔になる。






ユーグは、部屋から出てきた市の服装を見て驚いた。


女性が街に出る時は、華やかな服に着替え、ブティック等を見て回るのが普通なのに、市はキュロットスカートにシンプルなブラウス姿だった。


マリーも明らかにがっかりしている。


「その服で行かれるのですか?」


「動きやすい服の方が、良いと思うての。キュロットスカートは袴のようでとても良い」

言うなり、スタスタと歩き始めたので、ユーグは慌てて

「お供します」と付いていく。

それを聞いて、市は少し不満そうな顔をした。


「一人で行きたかったのじゃが、仕方ない。では、これを持って下され」

今朝の残りのパンが入った袋を、ユーグに渡した。


「えっ、これは?」

「お昼ご飯です」

「城下には美味しいレストランがありますよ」


(レストランとは何ぞ?)

ユーグに聞こうと思ったが、止めた。

「良いのです」

また、さっさと歩き出した。


市は城を出ると、知っていたかの様に、厩舎へ向かう。


「えっ? 馬で出掛けるんですか?」

あたふたしているユーグをおいて


「この馬にします」と馬番の男に用意させて、さっと馬に跨がった。


「では、参りましょう」と言うなり出発した。


市が思っている以上に、城下の街並みは美しく、朝の開店準備に皆忙しそうだった。


(貧富の差が、あまりないように思われる。良い(まつりごと)をしている)

テオフィデールの顔が浮かんだ。


(昨日、一人で生きると言うたが、職探しは難航しそうじゃ)

諦めず、色んなお店を見て回ったが、すぐに出来そうなお店はなかった。


城下の街を出る橋が見えて来た。

市は構わず、城壁の外まで馬を走らせた。

ユーグは青ざめた。

止めようとしたが、間に合わず、その後を追いかけた。


「市様、お止まり下さい!」

叫ぶが、市はそのまま走り続けた。


城が遠くに見える、小高い丘の上で、ようやく馬を止めた。


「市様、困ります。早く城下へお戻り下さい」


遅れて到着したユーグの言葉を無視して、


「ここで昼御飯にしましょう」

と言って草むらに座った。


ユーグはぶつぶつ言いながらも、パンを市に渡した。


ユーグが立ったままなので、

「隣に座って、一緒にパンを食べましょう。食べぬなら、さらに遠くへ馬を走らせてしまうかも」

と脅かすので、ユーグは仕方なく隣に座ってパンを頬張った。


「それにしても、乗馬がとてもお上手ですね。市様の世界では、女性も馬に乗るんですか?」


「馬に乗る女性は、そういない。昔『女騎』と言う女の騎馬集団に憧れて、こっそり兄に教えて貰ったのじゃ」


ユーグは、あの細い刀を持った馬上する市を想像した。

(強そうだ)


麦の穂がたわわに実っている黄金色の麦畑を見下ろしながら、この国は豊かなのだと思った。


気持ちの良い、初夏の風を受けながら、故郷の田植えが終わった田んぼを想像した。

(もう戻れぬなら、自分の新しい生き方を考えねばならぬ。)



風に吹かれていると、遠くから2頭の馬が、こちらに向かって疾走してくるのが見えた。


ユーグの脳裏に、テオフィデールの激怒している顔が浮かんだ。

「はー・・殺されるかも・・」






「どこに行っていたのだ」

王宮に帰ると、

青筋を立てているテオフィデールが、怒りを圧し殺した声で、ユーグに聞いた。


市は一歩前に出ると、

「ユーグは何も悪くはございませぬ。私が勝手に馬を走らせたのです」


王の怒りに気圧される事なく、言う。

テオフィデールが鋭い目で市を見ていたが、市は彼を見て微笑んだ。

「今日乗った馬は、とても良い馬でした。空を飛んでいる様でした」

あまりにうっとりして言うので、テオフィデールの怒りが薄れた。


「・・。次に遠出する時は、俺も行こう」


「はい。それは嬉しゅうございます」

市はにっこり笑った。


その場にいた王と市以外、全員思った。

(あの王が、折れた)










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