01 落城と召喚
天正11年4月24日
越前北ノ庄城
お市は静かに目を閉じると、36年の人生を思い、長いため息をついた。
兄の織田信長に言われ、浅井長政に輿入れし、長政とは仲睦まじく温かな家庭を築くも、その後、兄信長と長政の間で戦がおこる。
信長との戦いに負けた長政は自害。
夫と一緒に死にたかったお市だが、「子供達を頼む」と長政に言われ、泣く泣く、炎に包まれ行く小谷城を後にした。これが1度目の落城。
そして今、北ノ庄城で2度目の落城。
(もう娘達は、城から逃れたであろう)
「もうすぐ、何もかも終わる」
一人呟いた。
その直後、北ノ庄城は炎の包まれた。
シェルドナール国内で、空間操術の第1人者と呼ばれる 魔道士のジェパーソンはかなり焦っていた。
25年に一度、2つある月のうちの1つの月が、緑色に輝く「グリーンエーサー」のこの時期しか、異世界から人を召喚する事が出来ない。
シェルドナール国では、現在の王、テオフィデール・ドラド・バルトが生まれた時、心言師が「黒き髪、黒き瞳の女が降り立ち、次期王と共に、我が国を水と光へと導くであろう」と予言した。
しかしそんな女性は、一向に現れ
ない。そんな気配すらない。
そこでグリーンエーサーのこの年、魔道士が呼ばれ、異世界から召喚しようという事になった。
だがしかし、もう3回 召喚に失敗している。
否、召喚には成功しているのだが、心言師の予言した女性が出現していないのだ。
一人目は、召喚直後から驚き、その事実を受け止められず、3日間泣き続け
「私はただの女子高生なのよ」
と叫び暴れていた。
それで、元の世界に記憶を消してから帰ってもらった。
ニ人目も、17歳だと言っていたがその行動は、10歳くらいの自由奔放な幼い行動で、5日目にお帰り頂いた。
ニ人とも 「女子コーセー」という職業らしいのだが、その制服は太ももまで見えるような短いスカートを履いて、髪の毛の色は一人は茶髪で、もう一人は金髪だった。
三人目も茶髪の娘で、その娘は召喚直後に、近衛騎士団長のいかつい顔を見て、叫び声を上げて気を失った。
それ以降、部屋から一歩も出ようとせず、4日目に元の世界への戻り方を伝えると 翌朝には帰っていたそうだ。
もともとテオフィデール王は、この召喚に乗り気ではなかったため、1度も召喚が行われている、この聖堂の地下にある魔道士の講堂には見に来られなかった。
しかしグリーンエーサーが終わる今日の最終日、テオフィデールは家臣に促され、見物する事になった。
その為、万が一に備えて近衛騎士団長、王宮騎士団長と十数名の精鋭騎士と魔道士がこの講堂に集まった。
ジェパーソンは全身から汗が吹き出していた。
(うっかり魔獣等の変な物を召喚してしまったら、私の命は今日で終わってしまう)
手の震えが止まらない。
テオフィデールの冷たい緑金色の瞳が刺すように痛い。
ジェパーソンはいつも以上に、
召喚陣を丁寧に思い描きながら、召喚の詠唱を始めた。
詠唱2~3節目の時、講堂の白い大理石の床に、大きな青く光る魔方陣が出現した。
そしてその中心が、いきなり強く光った。
皆の目が眩んだ。
そして、次に目を開けると魔方陣の上に、腰まで伸びた黒髪の、見たことの無い真っ白な衣装を着た17歳くらいの若い女が浮かんでいた。
眠っているようだった。
皆が、固唾を飲んで見ていると、女の閉じていた瞼がゆっくりと開いていく。
それと同時に、床に降り立つ。
開かれた瞳は、髪と同じく黒く光っているのがわかった。
そして女は不思議そうに、辺りをボーっとした眼差しで見回していたが、いきなりカッと目を見開いた。
そして、手に持っていた長い棒に気付くと、そこから見たことの無い細い剣を抜き出した。
女は眉をひそめた。
「秀吉は、いつまで私を追い詰めるのじゃ!」
女は険しい表情で叫ぶと、テオフィデール王に剣を向けたまま、一歩、一歩、と進んでいく。
回りの騎士達が、サッと剣を構えた。
しかし、テオフィデールはそれを手で制し、立ち上がった。
「秀吉に言い伝えよ! 私はそなたの思い通りにはならんと!」
女は言い放つと、手に持っていた剣を自分の首に押し当てようとした。
その瞬間、魔方陣は強い光を放ち、光は小さい粒となって消えた。
皆が目を開けると、女は床に倒れていた。
テオフィデールは自分の足元に落ちていた、8センチ程の青い棒に気付くとニヤッと笑い、何食わぬ顔でサッと懐に隠し入れた。
テオフィデールは、自室のある階に女の部屋を用意するよう指示し、その場を去った。
・・・・・
市は目が覚めるとしばらくの間、ボーとしていた。
(どうやら、死に損なったようじゃのぅ・・・・)
落胆し、もう一度目を閉じた。
しばらくすると、トントンと音がして
「お目覚めですか、お嬢様?」と女が3人入ってきた。
「お嬢様の身辺のお世話をさせて頂きます」
3人共、笑顔ではあるが、貼り付けた笑顔に警戒心が丸出しである。
市は覚悟を決めると起き上がった。すると自分が少し高い台の上に寝かせられていたことに気付く。
(南蛮の寝具か?)
そして、侍女達の服装も顔立ちも異国の者達だと思った。
「そなた達はポルトガル人か? それともスペイン人か?」
そう尋ねると、3人は気の毒そうな顔で首を横に振る。
「驚かれるのは、無理もない事です。ここはお嬢様がお住まいになられた世界とは、全く別の異世界なのです」
(はて?)
市は首を傾げた。
言葉は解るのだが、その内容は全く理解できなかった。
何か手掛かりでもと思い、窓の外を見ようと歩いた時、大きな鏡に写った自分の姿を見て動けなくなった。
(これが私? 若返っている?)
どう見ても17歳くらいの頃の自分自身だった。
3分程 鏡を凝視した後、ふと思い出し、窓に駆け寄り外を見た。
そこには、今まで暮らしていた世界とは、程遠い景色があった。
しばらく窓の外を見ながら、額に手を当てて考えていた市は、ゆっくりと振り返り3人に
「ここは、異世界だと申しましたね?」
質問すると、一番年長の侍女が答えた。
「ハイ。魔道士がお嬢様をここに召喚したのです」
市は考えた。
「ここには、羽柴秀吉という人物はいますか?」
3人の侍女達は、それが彼女の家族の名前なんだと思い、申し訳なさそうに答える。
「いいえ、そのような方はいらっしゃいません」
「では、加藤清正は?」
さらに申し訳なさそうになる。
「いいえ、いらっしゃいません」
市は、侍女達の予想とは全く別の表情になる。
にっこり微笑んだのだ。
(私は逃げ切ったようじゃ)
安堵のため息をついた。
市が思いの外 落ち着いた様子だったので、侍女は改めて自己紹介をした。
年長らしき女性が、市の前に一歩出て、カーテシーをした。
市にはこの変わったお辞儀が愛らしく見えて微笑む。
市の様子に侍女はホッとする。
「私の名前はマリーと申します。これよりお嬢様のお世話をさせて頂きます」
「私は、市と申します。そのほうに聞きたいのですが、私が着ていた着物と刀はどこにあるのじゃ?」
市は一番気になっていたことを尋ねた。
「市様とお呼びして宜しいでしょうか?」
市が頷く。
「市様がお召しになっていた服は、そのままではとても窮屈そうだったので、私達が今の服に替えさせて頂きました。あの白い服はお預かりしています。それと、『カタナ』というのは何でしょう?」
「そうか、知らぬか・・では刀は他の者に尋ねましょう。私は、今の状況をもっと詳しく知りたい。そなた教えてくれませぬか?」
「ハイ。もちろんでございます。では、お部屋の外へ出られる服に着替え、身なりを整えさせて頂きますので、その間にご説明をさせていただきます」
そう言って彼女らは、分かりやすく話ながら、手際よく市の髪をセットし始めた。
◇ ◇ ◇
その頃、ジェパーソンは
魔道士の講堂の床を這いつくばっていた。
「ない! ない! ない! いきなり物騒な物を持ち出す、危ない女を召喚してしまった。その挙げ句、あれが見つからないなんて・・
さすがに陛下に罰せられる!」