ヤンデレストーカーを受け入れてみた
ヤンデレストーカーASMRを聞いて書いたものです。我ながらぶっ飛んだ事をしたと思っております
需要があるといいなぁ……
陽気な四月の穏やかな朝。俺は柔らかな感触と温もりで目が覚めた。軽く自己紹介しておこう。名前は小鳥遊朝陽。高校二年生の十六歳。両親から“お前も高校生になったんだから一人暮らししなさい!”と言われ、アパートの一室で一人暮らしをしている
「デスヨネー」
柔らかな感触の正体は隣で寝ている彼女。先に言っておく。コイツは俺の身内ではない。彼女をどう紹介すればいいのか、知っている奴、ここまで来い。いい値でその案買ってやるから
「んぅ……」
幸せそうな顔して寝ている彼女。俺が女と一緒に寝ている場面を両親が見たら何て言うか想像したくない。はぁ……
「コイツもコイツだが、俺も大概だよなぁ……」
幸せそうな寝顔を眺めながら俺は彼女との出会いを思い出していた。いや、出会いって言っていいのか? 前言撤回。こうなった経緯に変えさせてくれ。今に至る経緯を思い出すと頭がこんがらがるから。あれは数日前の事だった────
数日前────
「やっと終わった……」
バイト先から家へ帰るべく俺は一人夜道を歩いていた。言ってなかったが俺は駅前のラーメン屋でアルバイトをしている。シフトは週三回。時間は六時から十時までの四時間
「日中は温かくても夜は冷えるな……」
この日の夜はよく冷えた。つい一~二か月前まで日中でも寒く、季節も春に近づいてはいるものの、まだ冬の名残が残っているから仕方ない
「早いとこ帰るか……」
俺は歩くスピードを上げた。夜が更け、どんどん気温が下がっては敵わん。早く家に帰って布団に入りたい
少し歩いたところで俺が住んでるアパートに到着。階段を上がった
階段を上がり俺は突き当りの部屋へ向かって歩く。そこが俺の家だ。部屋の前に着き、上着のポケットから鍵を取り出し、ドアを開けた
「ただいま~……って返ってくるわけないか」
一人暮らしというのは気楽なものだが、寂しさを感じる時もある。ただいまを言って返事が返って来ない時、ふいに虚無感や孤独感に襲われる。部屋が静寂に包まれ、夜の闇も相まってか余計に
「バカだな……そんなわけなにのに……」
俺は孤独じゃない。学校の友達はそれなりにいるし、バイト先にだって親しい同僚や先輩、後輩だっている。決して孤独じゃない……はずなんだが……
「疲れてんのかな……」
バカな考えを払拭し、廊下の電気を点けてリビングへ向かう。何、自分が孤独だと感じるのは夜だからだ。朝になればバカバカしい考えも吹き飛び、またいつもの日常が始まる。そう思っていた
「部屋がバイト行く前に比べて綺麗になってるのは気のせいか?」
リビングに入った途端に違和感を感じる。部屋全体に変わった様子はない。変わったのは────
「俺、昼飯の残骸残したままだったよな?」
テーブルだ。昼間に食べたカップ麺の残骸が消えていた。いつもはちゃんと片づけるのだが、この日に限っては昼飯食ってからすぐに家を出た。カップ麺の残骸も片付けずに。用事を片付けてからすぐにバイト先へ行ったから分身でもしない限り俺が放置した残骸を片付けられるはずがない。両親はこの家に来ない
「どうなってるんだ?」
アパートの管理会社が清掃するのは各階の廊下や階段といった住人だったら誰でも使う場所のみ。一部屋ずつ回って清掃するだなんて手間の掛かる事するわけがない事から清掃業者の線は消えた。さっきも言ったが、両親がここへ来る事はまずないから彼らでもない。残るは俺の分身説だが……俺は忍者でも何でもない普通の人間。分身の術など使えない
「誰の仕業だ?」
片付けてくれたのは助かるが、薄気味悪くもある。この家の主たる俺がいない間に誰かが勝手に入って来てるって考えると気味が悪い。この日は薄気味悪さを感じながら眠りに就いた
あの薄気味悪い夜から数日が経った。違和感は大きくなる一方。当たり前だ。あの日を境に俺の部屋で妙な事ばかり続いてるんだからな。結論から言うと俺はあの日の翌日、とある実験をした。実験と言っても簡単なもの。家を出る前に飯の残骸を残したり、読んだ雑誌を出しっぱなしにしたりと誰かが部屋に侵入した形跡が分かるようにわざと物やゴミを出しっぱなしで家を出ただけ。案の定、帰ってくるとそれらは綺麗に片付けられていた。そして、実験開始から数日後の深夜────
「なんだ……?」
俺は物音で目を覚ました。自分しかいないはずの部屋でする物音は恐怖以外の何者でもない
「幽霊でもいんのか……?」
幽霊がいるのなら俺は親に事情を話して即刻この部屋を出る。いわくつき物件の事故物件になんて住んでられっか! だが、出て行く前に確認が先だ。物件を選んだのは両親。当然、家賃を払っているのもな。引っ越すにしろ、住み続けるにしろこの部屋を見つけた両親に確認するのが筋ってもんだ。俺は枕元にあるスマホを手に取るとすぐに母親の番号を呼び出した
「マジかよ……」
母との電話が終わり、俺は項垂れた。結果を言おう。この部屋は事故物件でも何でもない普通の部屋だった。まぁ、いわくつきだったら住む前に言うか、そもそもが借りたりしない。物音が幽霊の仕業じゃない事だけ分かったからよしとしよう。そうなると誰の仕業だ? って話だけどな
「はぁ……」
寝ている間に物音がするだなんて立派な警察沙汰だ。だが、警察を呼んだところで犯人に逃げられちゃ意味がない。俺は頭のおかしいヤツ認定を食らうだろうし、精々この周辺のパトロールを強化しますで終わり。実際にパトロールをするのか? と聞かれれば多分、しないだろう。被害が出てからじゃないと動かないのが警察だ。だからこそ呼ぶのが躊躇われる。しかし、この現象をどうにかしないと俺は不眠症でいつかぶっ倒れる
「どうしたものか……」
暗い部屋で一人悪知恵を総動員させて打開策を考えるのだが……
「何も浮かばねぇ……」
考えたところで妙案は何も浮かばず。侵入者が男か女かすら分からないのにどうしようもない。結局俺は物音に耐えながら眠る羽目になった
妙な物音が鳴り始めてから三日が経過。三月も半ばを迎えた。あれから毎晩のように妙な物音がし、オマケに妙な視線も感じるようになった。このままじゃマジで不眠症でぶっ倒れそうだ
「そろそろ何とかしねぇとな……」
たかが三日、されど三日。不可解な事が続くと三日でも長く感じる。俺の精神は摩耗しきっていた
「はぁ……」
まだぶっ倒れるレベルじゃないが、いつかぶっ倒れるって考えただけでも恐ろしい……まだ三日目だけど
「貴重品の確認だけでもするか……」
通帳とか盗られてたら笑えない。俺はスマホのライトを頼りに食器棚の方へ向かった
食器棚の前で俺は深い溜息を吐く。最悪の事態を想像するだけで気が重い
「通帳盗まれてたらこれから賄いだけを頼りに生きていかないとか嫌なんですけど……」
多くバイトするって事はだ、給料がそれだけ増える。一人暮らしの身としては金はあるに越した事はないけど、稼ぎすぎるのも問題だ。親の扶養から外れる可能性があるからな。それだけは避けたい。だけど、飯は食いたい。従業員でもタダで飯を食えるほど俺のバイト先は優しくない
「どうか盗まれてませんように……」
神頼みしながら俺は食器棚の引き出しを開けた。今だから言えるけど貴重品の類が盗まれてなかったからいいが、得体の知れない人物が部屋の中にいるって想像しただけで恐怖だ。幽霊の類だったら尚更な
「貴重品は無事か……」
通帳の無事を確認した俺はホッと胸を撫で下ろした。同時に侵入者がどこにいるのか、何がしたいのか? という疑問が浮かぶ。人の家に侵入しといて通帳に手を付けていない。明らかに変だ。高校生が一人暮らししている部屋に侵入してくる時点で変なんだけどよ
犯人の理解不能な行動に頭を痛めながらベッドに戻るとそのまま目を閉じた
ベッドに入り目を閉じたはいいのだが……
「ね、寝れねぇ……」
眠れない。緊張でとか、暑さ寒さで眠れないのではない。誰に見られているような気がして眠れないのだ。体勢を変えてみたり、羊を数えてもみた。だが、全然眠れない
「目だけ閉じとくか……」
目を閉じとけばそのうち寝れる事を信じ、再び目を閉じた
物音と視線で眠れなかった夜から一週間。三月も残りわずかとなったある日の昼。俺の疲労は限界を迎えていた。当たり前だ。毎晩物音に叩き起こされ、視線で眠りを妨げられてるんだから。オマケにバイトが終わって帰れば部屋の配置がちょこちょこ違っていたなんて事もあったしな
「引っ越すかなぁ……」
発狂はしなかったが、限界ではあった。このままだったら狂ってしまいそうだった
「狂いそうだ……ん? 狂う?」
自分の未来を口に出したところで閃いた。狂ってしまえばいいだなんて言わないし、警察へ突き出すつもりもない。警察になんか突き出せば厳重注意が関の山。再犯しない保証はどこにもない。じゃあ、どうするか? 簡単だ
「家事全般押し付けてやる……」
不法侵入してる奴の性別、目的はどうだっていい。家事を押し付けてしまえばな。我ながらぶっ飛んだ考えだとは思う。だって家事面倒なんだもん。と、いうわけで、不法侵入者に家事全般を押し付けたいと思います。そこから俺の行動は早かった。まず最初に部屋を適当に散らかし、合コンに行ってくる。文句あるなら書置き残しとけとメモ書きを残して家を出た。書置きの内容は何でもよかった。合コンに行ってくると書いたのは何となくだ
書置きを残した日の夜。バイトが終わり帰宅した俺が見たものはいつもと同じ光景。書置きも朝のまま
「あんなアホなモンに文句を書く間抜けはいねぇか」
我ながらアホなメモを残したものだと自分の貧困な発想力を恨みながらこの日は眠りに就いたのだが……
眠りに就いてから一時間くらいが経過した頃。ドアが勢いよく叩かれる音で目が覚め、眠い目を擦りながら玄関へ行き、覗き穴を確認すると……
「誰だ?」
目のハイライトが消えた赤髪の知らない女が立っていた
『ねぇ? 開けて? 朝陽君、いるのは分かってるんだよ? 早く開けて?』
「……………」
これは……もしかしなくてもストーカーだよな? 女は俺の事知ってるみたいだけど俺は女の事知らねぇし
『ねぇ? 何で開けてくれないの? いるんでしょ?』
彼女はドアを勢いよく叩く。近所迷惑を考えろよな……。それから五分くらい彼女はドアを叩きながら開けろと連呼してきたのだが、俺が要求に応じる事はなかった。というか、彼女が俺の部屋に侵入してきた犯人だとしたら俺がカギを開けてやる必要はないのだ
『はぁ……開けてくれないか……仕方ない、今日は帰るね』
ようやく帰ってくれるのかという思いとやっと終わったという思いがこみ上げ、俺は安堵の息を漏らす。覗き穴を確認すると彼女の姿がない
「やっと終わったか……」
足音が遠ざかるのを確認した俺の口から出たのはやっと帰ってくれたじゃなく、やっと終わった。あの常軌を逸した行動を見れば証拠がなくとも自分の部屋に侵入していたのは彼女だと嫌でも解る
「寝るか」
彼女がいなくなったのを確認し、一息ついたその時────
「────!?」
覗き穴にいきなり彼女の顔がアップで映り……
『居留守使ってるのは知ってるよ?』
目が合った……ような気がした
「嘘だろ……」
この時の俺はきっと感覚がマヒしていたのだろう……恐怖よりも彼女の執念深さに驚嘆していた
「やっぱりいたんだ……さっきから呼んでるのにどうして返事してくれないの?」
項垂れていると不意にカギが開けられ、彼女の手によってドアが開けられた
「やっぱり……」
彼女が目の前に現れても恐怖はなかった。家事を押し付けると決意した時点で恐怖など吹き飛んでたからな
「えへへ……やっと会えたね」
恍惚のポーズで俺を見つめる彼女の目に光はない。コイツはヤンデレだと実感した瞬間である
「デスヨネー」
部屋に侵入してくるような奴だ。合鍵の一つ持ってても不思議じゃないと思ってたが、やっぱ持ってたらしい。俺は笑うしかなかった
と、これが俺と彼女の出会い……というか、邂逅だった。その後、互いに自己紹介を済ませ……今に至る。にしても……
「得体の知れない奴をアッサリ家へ上げた挙句、住まわせるとは……我ながらぶっ飛んだ決断をしたもんだ」
隣で眠る彼女を見てると自分でもぶっ飛んだ選択をしたと思う。彼女の名前は遊津陽葵。歳は俺より八歳年上の二十四歳。職業はフリーランスらしい。道理で昼間にここへ入り込んだり、深夜に訪問できるわけだ
「えへへぇ……朝陽くーん……」
彼女は寝てると可愛い一人の女の子なのだが、俺に女の影があると────それを語るのはまたの機会にするとしよう
最後まで読んでいただきありがとうございました