サイボーグわんちゃん Part5
野球なんかやったことない僕に、中学生のお兄ちゃんたちはとてもやさしく教えてくれた。
ボールの投げ方、グローブのつけ方、バットの持ち方、速く走るための体の動かし方。
休みの日はアイと一緒にお兄ちゃんたちに野球を教えてもらいに行った。
お兄ちゃんたちの練習に混ざることはできないけど、怪我をして練習を見学してるってお兄ちゃんがいて、その人が僕とお話をしてくれる。そのお兄ちゃんはケンイチって言うんだって。僕はケンイチ兄ちゃんが足元に転がしてくるボールをグローブでつかむ練習をしていた。
「ねえ」
「うん?」
「ケンイチ兄ちゃんはどうして僕に野球を教えてくれるの?」
「いや、まあ、みんなと一緒にやきゅうしてえけど、、怪我しちゃってさ。見るだけじゃ暇なんだよ。だから、暇つぶし」
「暇つぶしなんだ」
足元に転がってきた球を、ケンイチ兄ちゃんの体めがけて投げていく。ケンイチ兄ちゃんは体を大きく動かして僕のボールをキャッチする。
「あ、いやそれだけじゃなくて、何も知らない初心者に教えた方が身のためになるって、キャプテンが言ってんだよ。だからお前は教えとけって。ほんとかどうかわかんないけど……。あれ、見てみろよ」
ケンイチ兄ちゃんが指さす方を見ると、アイがすごい速さで飛んできた球を追いかけて、口で見事にキャッチし、首を振って球を他の人に投げ渡していた。アイの放り投げた球は、すぱーんと気持ちのいい音を立ててグローブの中に納まっていく。
「お前の犬、すげえな。なんか訓練でもさせてたの? あの犬があんなだから、優秀な球拾い要因ができたって喜んでんだよ。元は俺が球拾いやってたんだけど、球投げられないし、転がすくらいしかできねえから……。教えてるのは、お前を練習に来させるための口実なんだよ。だから、飽きたら来なくてもいいんだぞ」
僕には難しいことはわかんなかったけれども、ケンイチ兄ちゃんに教えてもらえなくなるのはいやだった。
「ううん。楽しいから、これからも練習来るよ。ケンイチ兄ちゃんに教えてもらうの、面白いの。ケンイチ兄ちゃん教えるのすっごくうまいし、僕のこと馬鹿にしたりしないから、大好き」
ケンイチ兄ちゃんはちょっと固まって、野球帽の上から頭を掻いた。
「へたくそでも、へたくそって言わないし、ボール投げられなくても弱いって言わないよ」
「そりゃ誰だって最初はへたくそだよ。最初からうまい奴なんていない。だからこうやってみんな練習してんだよ。それに、お前はどんどんうまくなってるよ。投げ方も取り方もバットの振り方も、最初に来た頃よりはずっとうまくなってるよ。力だって強くなってきてる」
「そうなの!? ありがとう!」
僕はとてもうれしかった。こうやって体を動かすことで誉められたことがなかったから、体が飛び上がるほどうれしかった。
「……学校では馬鹿にされてんの?」
「ううん。馬鹿にはされてないんだけど。笑われてる。きっと心の中では馬鹿にされてる。だから学校の縄跳びとか、ドッジボールとか嫌い」
はあー、とケンイチお兄ちゃんは大きくため息をついた。
「そりゃお前、なめられてるんだよ。見るからに気弱そうだもんな。もっと堂々としろよ。できないって言うんなら、練習しろよ。縄跳びだってドッジボールだって、どっかで練習できんだろ。親に練習付き合ってもらえよ。練習して、うまくなって、馬鹿にしてるそいつらを見返してやれよ」
「見返す……?」
僕にはケンイチ兄ちゃんの言ってることがよくわからなかった。縄跳びもドッジボールも、僕がうまくできるイメージが全然沸いてこなかった。
でも、ケンイチ兄ちゃんは僕がどんどん野球がうまくなってるって言ってくれた。縄跳びもドッジボールも、練習すればだんだんうまくなっていくのかな?
夕方になってお兄ちゃんたちの練習が終わった。ケンイチ兄ちゃんは、じゃあな、と言って中学生のお兄ちゃんたちと一緒に帰っていった。
ワン、と鳴く声がする。アイが尻尾を振って僕の顔を見上げていた。
僕も帰ろう。明日からまた、学校だ。