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サイボーグわんちゃん Part4

その日から僕は毎日アイと遊んだ。

アイが家に来た翌日、ぼくはとお父さんでペットショップに行って、ドッグフードだったり犬用のトイレだったり、散歩用のなわを買ってきた。

アイはいつもおなかがすいているみたいで、ぼくがドッグフードをお皿に入れたらうれしそうに寄ってきて、勢いよくがつがつと食べていた。

いっぱい食べるのにトイレには全然いかなかった。僕が学校に行っている間にすませているのかと思ったけれども、お母さんもお父さんもアイがトイレに行ったところは一度も見たことがないって言うんだ。

誰も見てないところで済ませているのかと思ったけれど、犬のトイレのさらさらした布はずっとさらさらしたままだった。不思議だね、とお父さんとお母さんと顔を見合わせた。


学校が休みの日は、アイと散歩する日だった。リードっていう散歩用の縄をつけてはいたけれども、リードが引っ張られたことは一回もなかった。アイはとてもおとなしくてやさしかった。

近くの大きな川のそばに広い遊び場があったから、そこで僕とアイはフリスビーを投げて遊んでいた。ここには野球をするためのグラウンドもあって、休みの日になると大きなお兄ちゃんたちが真っ白なユニフォームを着て大きな声を上げて野球の練習をしていた。野球にちょっと興味はあったんだけど、縄跳びも跳べないぼくにはできっこないと思っていた。


いまだってそうだ。まっすぐ投げようと思っているフリスビーが全然まっすぐ飛んでいかない。自分の思っているように体が動いてくれない。でも、そんな僕の投げたフリスビーを、アイは全部空中でキャッチしてくれた。右に投げたフリスビーは右に走って、左に投げたフリスビーは左に走って、遠くに投げたフリスビーは一目散に走ってフリスビーを追い越して、飛んでくるフリスビーをお座りして待ち、お座りの姿勢のままがぶっとキャッチした。あ、と僕がフリスビーを手から滑り落した時も、アイはすごい勢いでこっちに走ってきて、仰向けに地面に滑り込みながら落ちてくるフリスビーを下からキャッチした。アイの走りが起こした風で服がはためいた。アイが滑り込んだ後の地面はまあるくえぐれていた。

もしかしたら、アイってとってもすごい犬なんじゃないだろうか。僕はアイがフリスビーを取ってくるたびに頭と体をめいいっぱい撫でた。持ち上げようともしたけど、やっぱりアイの体は重くって少しも動かなかった。


しばらく僕はフリスビーでアイと遊ぶのに夢中になっていた。グラウンドの方から、かーんという音と、ざわざわしたお兄ちゃんたちの声が時々聞こえてくる。かきーん、と一際大きくて高い音が聞こえて、何の気なしに僕は音のしたグラウンドの方に顔を向けた。

危ないでーす、と大きな声も聞こえてきた、危ないって、何がだろう、と思っていると、空から何かが降ってきた。何が降ってきたのかまで見ることはできなかった。僕が見ることができたのは、目の前に急に大きな影が飛び出したことぐらいだった。アイの影だ。アイが僕の頭の上まで飛んで、その影が僕の顔にかかっていた。何が起きたかよくわからないまま、アイはすとんと身軽に着地して、僕の方に向き直った。その口には野球のボールをくわえている。

「ワン!」

一声鳴いたアイは口からボールを落とし、誇らしげに僕の顔を見つめていた。

「あ、すいませーん」

遠くから声が聞こえて、大きなお兄ちゃんたち数人が僕の周りに駆け寄ってきた。

「あれ、このあたりにボールが飛んでいったような気がするんだけど、どこに行ったかわかる?」

お兄ちゃんたちの1人が僕に話しかけてくる。僕は大きな人と話すのは苦手だったので、何も言えず、すっとアイの方を指さした。

「あー、犬が取ってきてくれたのか。ありがとな。あー、よだれ拭かないと……」

アイはもう一度ボールをくわえて、首を振った。ボールはきれいに放り投げられて、ちょうど僕の胸のあたりにあたった。ちょっとした音がしたけど、痛くはなかった。僕はとっさに、胸にあたったボールを両手で抱きかかえるようにして掴んだ。

「え、今の、この犬が放り投げたんだよな? すげー」

しばらくお兄ちゃんたちが驚いていた。僕はどうしていいかわからず、ずっとボールを胸の前で抱えていた。

「……お前、なんていうの?」

「え……?」

「名前だよ、名前」

「し、白瀬……」

「下の名前は?」

「俊介……」

「そこの犬は?」

「アイ……」

アイを見ると、大きなお兄ちゃんたちに囲まれて、撫でられたり声をかけられたりしていた。

そのうちの一人がアイを抱きかかえようとするけれども、僕やお父さんと同じようにアイは少しも持ち上がらない。不思議そうにお兄ちゃんたちは首をかしげていた。アイは鳴くこともせず黙ったままだったけれども、少し迷惑そうにしているように見えた。

「お前も、野球やる?」

「え?」

いきなりの言葉に、僕はとっさに返事できなかった。野球、僕なんかが、できるわけ……

でも、やってみたい、という気持ちもあった。その気持ちをどうしたらいいかわからなくて、僕はおどおどとうなずいた。

この日から、休みの日は河原に行ってアイと遊んで、大きなお兄ちゃんたちが野球をしているときは野球を教えてもらえることになった。


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