サイボーグわんちゃん Part1
「なにい!? 犬をこの研究所から逃がしただと!」
白衣を着た壮年の男性が、稲妻が落ちるがごとき怒声を張り上げた。周りで作業をしていた研究員たちが何事かと顔を見合わせる。
「はい……誰かの飼い犬かと思いまして……雑菌など研究室に入るとよくないと思い……外に出したら一目散に逃げていきました……」
若い女性の研究員が肩をすっかり縮めて、次の叱りの言葉を待っていた。しかし彼女はたかが一匹の犬を研究所から逃がしただけで、これほどに怒られるのかはわかっていなかった。
壮年の男性に視線が集まる。その視線に気づいた男性は、一つ大きな深呼吸をして落ち着いた口調で呼びかける。
「すまない、なんでもない。各々作業に戻るように。君は……少しわたくしのデスクに来てくれ」
男の言葉で研究所は一斉に落ち着きを取り戻し、いつものデスクワークの静かな喧騒が戻ってくる。
男も自身の事務デスクに戻る。怒鳴られた女性はそそくさと男のデスクのそばに近づいて行った。
「すまない……君に非はないんだ。ただわたくしの管理が杜撰だっただけ……。しかし、なんとかせねばな……」
「質問しても……? 博士はなぜあのようなお叱りを……? 怒られた自分が言うのもなんですが、わたしには怒られるような心当たりはありません」
「もっともな質問だ、堂島研究員。少しばかり君に打ち明けねばならぬことがあるんだ」
博士の言葉に、堂島は唾をのむ。
「秘密裏のことだ。なるべく何でもないことのように話すが、口外無用で頼む」
「はい……」
堂島の頬に汗が伝う。
「君の逃がした犬……犬種は何だい?」
「えっと、シーズーでした」
「やはり、十中八九そうだ……あのな」
「はい」
「君が逃がした犬……あれは、サイボーグなんだ」
「……はい?」
「む、言い方がわかりにくかったか? あれは機械でできた犬。サイボーグなんだよ」