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勇者

しとしとと、黒い雨の降る日だった。


それは魔物の総本山であった魔王城の周囲に降る、警戒の証。魔王カストールの魂を奪う魔法の残滓だった。


その日、ディスガルドと呼ばれる魔王の土地には、数百にも上る死体が打ち捨てられていた。あるいは人間、あるいは魔族、その眷属の魔獣たちも。激戦により燃え立ち、氷結し、陥没、隆起した大地の先で、魔王の居城に《勇者》の雷が落ちた。


「終わりだぜ、カストール。お前の時代も終わり。これからは、俺たちニンゲンの時代だ」


《勇者》は1人、魔王の前に立っていた。従者もなく、傷もなく、ただ不敵な微笑を口端に浮かべて。


「なぜ、笑う」


王座にぐったりと背を凭れ、どす黒い血液を流しながら、魔王は《勇者》に問う。


「だって、これが笑わずにいられるかよ。魔法を生み、知恵を与え、大地を分け与えたニンゲンに、それを施したあんたが、こうやって殺されるんだから」

「そこまで知って、まだ私を殺そうというのか」

「そりゃ、まぁ、そうだな。俺はそういうように育てられた。あらゆる魔法、白兵戦闘、搦め手、トラップ、そういうのでは死ななないように、育てられた」

「私を、討つためにか」


《勇者》は鼻を鳴らして、


「まぁ、そういうこと」

「なぜ、人は私を討とうとするのか」

「たぶん、足りないから、だな。今のままじゃ、足りないそうだ。与えられた資源じゃ、土地じゃ、知識じゃ、全然満たされないんだそうだ」


ただひたすらに「強欲」、魔王はそう呟いて、


「私は、選択を誤ったということか。人に魔法を、自由な大地を、思考の種を、与えるべきではなかった」

「そうすれば、俺が生まれることもなかったし、世界がこんなに荒れることもなかった、かな」

「カストール様!」


《勇者》は唐突に、背中に痛みを覚えた。久しい感覚、これは刃物が体内を抉る感覚だなぁ、などと考えながら、ゆっくりと振り返ると、人間の女が、《勇者》の鎧の隙間からナイフを深々と突き刺していた。


「カストール様、今の内に……」


キインッと、直剣が振りぬかれる音。


《勇者》は事も無げに、女の首を撥ねていた。そこには一切感情の感じられない、障害物を切り開くだけの行為だった。


「ニンゲンの女か。あんたには、ニンゲンの子供もいるのか?」


魔王は答えず、ただ王座に深く沈んでいた。


「なんだ、死んだか?」


《勇者》は王座に近寄り、魔王の頭を乱暴に掴み、持ち上げた。


その瞬間、魔王の鋭い手刀が、《勇者》の鎧を粉砕し、胸部に深く突き刺さる。


「搦め手、トラップ、すぐに掛かるではないか」

「別にいいんだよ、俺の使命は終わった。父も母も故郷も、俺の大切だと思っていた全ては、結局幻だったと知った。俺の価値は、「魔王を討つこと」、魔王が世界から消えれば、俺も同時に霧散する靄と同じさ」


ハハハッと、魔王は笑う。


「私を討ち、綺麗に消えるつもりか、勇者よ。それはできぬ、それは許さぬ」

「俺の死に際、あんたには決められないさ。魔王カストールは、既に俺に討たれたんだから」

「あぁ、そうだ。私はこのまま消えるだろう。しかし私は、最後の力を使って、貴様に呪いを残してやるのだ」


魔王は《勇者》の心臓を掴み、それを一気に引き抜いた。摘出された自分の心臓を見て、さすがの《勇者》も、ほぅと感嘆を漏らした。


「これは、初めて見た。どういう呪いなんだ?」

「煉獄の呪いだよ。貴様はこれから、アストラル体となり、生も死もないままに、世界に存在し続けるのだ。孤独なる永遠、それが私の呪いだ」


面白い、と《勇者》は呟いて、


「解呪の方法もあるんだろう? そうでないと、フェアじゃない」

「この心臓、私の残した遺跡に置こう。貴様はそれを探し出すことが出来れば、この呪いから解放される」

「よし、この世界にあるダンジョンのどこかだな? 俺はこれから、それを探せばいいんだな?」


魔王の首肯を待って、《勇者》は魔王の首を撥ねた。すると、《勇者》の身体はみるみる暗黒に侵蝕され、実態を持たぬアストラル体へと変貌した。


そして魔王城には、自分の使命を失い、肉体を失い、新たな呪いを手に入れた《勇者》の、歓喜の高笑が響き渡った。


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