ダンジョンにて
「くそっ! 荷物持ち(ポーター)! なんかアイテム寄越せ!」
「でも、これで最後のポーション――」
「貸せ!」
バッグから取り出した緊急用の最後のポーションを分捕られたエステルは、戦闘能力を持たない彼女にとって唯一のアイデンティティである補助道具をほぼ全て失った。
彼女らがモンスターに追われながら駆けている場所は、プラチナ級ダンジョンの中層、後にも先にも退きづらい地点だった。
「先発隊の補給地点はまだ先です。追われていますが、ダメージはあまり受けていないので、落ち着いて、緊急時の配分を――」
「うるせぇよ。ポーターごときが、俺に指図してんな」
ダンジョン攻略に重きを置いた、大手ギルド【アビスシーカー】所属のエステルが、今回派遣されているパーティーは、登録から日の浅いながらも、積極的にダンジョン攻略を行うパーティー【アンダーディグ】だった。
「ほら、メリーも飲め」
「サンキュ」
「エレーヌも」
カイルから、メリー、エレーヌと【アンダーディグ】のメンバーは、ポーションを飲み干して、瓶を投げ捨てた。
「……私の回復薬はもうありません。とりあえず、追ってくるドレッドゴブリンをどうにかしましょう」
「あぁ、そうだな」
横穴に身を顰めたエステルたちの耳には、複数体の足音が聞こえる。先発隊への合流を独断で推し進めた彼女らへの救援とは、到底思えなかった。
「……おい、荷物、フロアマップ出せ」
「……はい」
エステルが羊皮紙のマップを差し出すと、カイルは唐突に、
「じゃあな」
「えっ?」
華奢でか弱い体躯のエステルを片手で持ち上げ、横穴から思い切り放り投げた。
カハッ―― バッグ越しとはいえ、せり出した洞窟の岩壁に背中を打ち付け、エステルは一時、呼吸を止めて喘いだ。
「どう……して……」
「お前さ、補助魔法もなんも使えないから、アイテムなかったらゴミなんだわ。だからお疲れ、最後に一瞬でも気を引いててくれ。じゃあな」
カイルがエレーヌに指示を出すと、洞窟の壁が変形し、エステルの足首を枷の様に捕縛した。それから、カイル達はエステルに一瞥もくれず、ダンジョンを引き返していった。
なんとか、脱出しなければ――!
エステルはミスリル鋼のナイフを取り出し、岩石の足枷に突き立てる。魔力コーティングされた枷は、その程度では破壊できず、何度も繰り返すが解決できなかった。
挟むように、左右の坑道からゴブリンの足音が迫る。
「お願い!」
渾身の力で、再度ナイフを突き立てる。すると、足首に鋭い痛みを感じたが、なんとか拘束具を破壊することが出来た。
「やった」
素早く立ち上がった時、2体のゴブリンがエステルに襲い掛かった。
エステルはゴブリンのこん棒を包み込むようにバッグを回転させて、遠心力を利用して魔物の体勢を崩す。そのまま、カイル達が逃げた横穴へ潜り込もうとしたが、
「アグッ!」
別の坑道から飛び出したゴブリンのこん棒を、腹部にもろに喰らい、エステルは全身が痺れたように立ち尽くした。
再度振るわれた鈍器は頭部を捉え、エステルは坑道の床に転がった。
「あっ……うあっ……」
指先の感覚もなく、エステルはゴブリンの剛腕に掴まれ、幾度となく坑道内に叩きつけられた。
わたし しぬんだぁ――
「ぉ……と さ……」
その時、掠れてほとんど見えないエステルの視界に、黒い靄のようなものが躍り出た。黒い靄は暗黒を凝縮したような刃で、エステルを囲むゴブリンを次々と斬り捨て、最後の1体を壁に串刺しにした。
エステルは何が起こっているのか理解するような思考能力も失われ、ただただ、坑道の床に転がっていた。
黒い靄は、エステルを持ち上げて、
「へぇ、ヒトガタ、久しぶりのゴチソウ」
鮮血滴るその口元に、影を重ねた。