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父が娘に抱いた誤解

作者: 寛 忠

「ただいま…。」


 私は仕事を終え、我が家へ帰宅した。家では愛する妻の君枝と娘の由利が私の帰りを待っていることを期待し、ドアを開ける。


「お帰り。今日はやけに早いのね。」

「ああ。仕事が珍しく定時で終わったからね…。」


 玄関では君枝が出迎えた。私が早めに帰ってきたことを珍しがっている。普段は残業が多く、帰宅が夜遅くなることがほとんどだが、こうして定時で帰るのは久し振りだ。いつも私が帰る時には部屋にいる娘の由利もリビングにいるに違いない。


「あれっ?君枝、由利はどうしたんだ?」

「ああ、由利ねぇ…今日は遅いのかしら。」


 リビングには由利の姿はなかった。この時、時刻は夜七時を過ぎている。由利には六時までには帰るよう門限を設けている。だから、私が定時に仕事が終わって退社し、寄り道せずに家に着く頃には家にいるはずである。私は由利が何者かに襲われたのではないかと不安に襲われたが、君枝は何も気にする様子はない。


「ただいまぁ。」


 夜八時、由利が帰ってきた。君枝は席を立ち、玄関へ行き由利を出迎えた。


「お帰り。ごはんできてるから、すぐに降りてきてね。」

「うん。あぁ…もう疲れたよ。」


 由利は門限より遅く帰ってきたことに悪びれる様子はなかった。妻も由利が遅く帰ってきたことを咎める様子もない。私はその様子に苛立ちを感じ、由利を叱った。


「由利。こんな遅くまでどこをほっつき歩いていたんだ?今何時だと思っているんだ?夜六時には帰ってこいとあれほど言っておいて、どうして破ったんだ?俺はお前が悪い奴に襲われたんじゃないかって思って心配したんだぞ!何とも思わないのか?」


 由利は私の注意に何の反応を示さなかった。そして、そのまま階段を上がり、自分の部屋へ向かっていったのである。


「お、おい。由利!謝りの言葉はないのか?えっ?親との約束を破ってからに…。」

「あなた、そう勝手に怒らないでよ。ちゃんと理由を聞いて。」


 私は妻に宥められて落ち着きを取り戻し、テーブルの椅子に腰掛けた。


「それで、由利はどうして遅くなったんだ?」

「もう、知らないの?由利は高校の演劇部の定期公演が近付いてるから、その稽古に入ってるのよ。だから帰りが遅くなるって…。」

「ああ、そうだったのか…全然聞いてなかったよ。」

 

 その後、制服からパジャマに着替えた由利がリビングへ戻り、家族揃って夕食とした。その間、由利は常に君枝を見ながら話をしていた。私には声を掛けるどころか視線を合わせることはない。やはり、私が由利の帰宅が遅いことを一喝してしまったのが原因なのだろうか。

 私は由利を叱ってしまったことを悔やんだ。前もって帰りが遅くなることを分かっていれば、由利を怒鳴らずに済んだのだ。私は由利に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


(あいつ、怒ってるんだろうな…。)


 私は由利の部屋へと向かった。それは、帰りが遅くなった理由を聞かずに怒鳴ってしまったことを詫びるべきだと思ったからだ。しかし、今の由利が私を部屋に入れてくれる可能性は低い。それでも私は由利の部屋に近付き、ノックをしようとした。だがその時、ドアの向こうから聞こえてきた娘の声に、手が止まったのである。


「“お父さんなんかこの世にいなくてもいいのよ。強がってるくせに、どうせ本当は弱いんだから…。”」

(…えっ?)


 私は由利のその一言が胸に深く突き刺さった。確かに、私は一家の大黒柱として家族には厳しく接しているが、それは自分の弱い部分を見せないようにする為だ。だが、由利はそれを見透かしていたから、この本音が出たのかもしれない。その途端、私は娘に謝罪する気力を失い、階段をゆっくりと降り、リビングに戻った。


「あいつ、俺のことがよっぽど嫌いなんだな…。」

「えっ?な、何よそれ…。」


 私は由利が言い放ったあの一言のせいで、由利とは更に近付きにくい状況になったような気がした。以前から由利のことは妻の君枝に丸投げの状態で、由利と直接の会話が全くない状態が続いたが、それが更に深刻になり、何とかして声を掛けようにも、由利が発したあの言葉が阻んでいるような気がしていたのである。私は由利が君枝と楽しそうに会話する様子を、少し離れた所から横目で見ていることしかできなかった。


 あれから数年が経過した。由利は高校と大学を卒業して就職が決まり、家を離れることとなった。それに向けて引っ越しの準備を進めていく。私はこれを娘に面と向かって詫びることができる好機と捉えた。


「由利。父さんが手伝うことはあるか?」

「いい。一人でできるから…。」


 由利は素っ気ない返事をした。淡々と引っ越しの荷物をまとめると、私が出社している間に家を離れていった。結局、私が娘と直接会話をすることはできなくなってしまったのである。


(はぁ…なんで、こうなっちまったんだろう…。)


 夜。私は布団の中で、由利が産まれた二十年以上前のことを思い出していた。妻が出産したことを会社で連絡を受け、仕事が終わってから病院へ駆け込み、初めて娘の体を抱き締めた時は、感激のあまり妻より泣いていたのを覚えている。それから私が家にいる時は、できるだけ娘と一緒にいるようにしていた。その甲斐あって、娘は私によく懐いてくれた。


『ただいま。』

『パパぁ、お帰りぃ。』

『おお、由利。まだ起きてたのか?』

『うん。パパの顔見てから寝る。』

『いつもありがとうな。お休み。』


 私は娘がこのままでいてほしいと願った。しかし、由利は中学校へ入学してから、次第に私を遠ざけるようになっていった。私の話に対する反応も芳しくない。


『由利、何か具合でも悪いのか?』

『別に。何ともないけど…。』

『悩んでることがあるなら、父さんが相談に乗るぞ。』

『いい…お父さんには分からないと思うから。お母さんに聞いてみる。』


 由利は私と話をしないのに対し、母である私の妻とはよく話をし、一緒に行動することが多くなった。一般に、年頃の娘は父親を避けると言われているが、由利もその例から漏れることはなかった。私は自分にベッタリだった幼い頃とは違う由利の変貌ぶりに愕然となった。そして、由利が門限を破って遅く帰ってきたことを叱った後、妻から理由を聞いて謝りに行こうと部屋に行き、ドアをノックしようとした時に聞こえてきた由利のあの言葉が、今も忘れた頃に思い出しては、頭の中に繰り返し響き渡る。


“お父さんなんかこの世にいなくてもいいのよ。強がってるくせに、どうせ本当は弱いんだから…。”


 由利は一人暮らしを始めてからも、頻度は少ないが度々帰宅している。その際はやはり妻と話をすることが多く、私と話そうとはしない。私も由利に声を掛ける勇気が起こらず、由利がアパートへと戻っていくことの繰り返しだった。ここ最近は由利も仕事が忙しくなっているからか、しばらく帰って来ていない。


 私はこのまま、由利と一生すれ違いを続けることになってしまうのだろうか。娘に謝れないまま年を取って足腰が弱くなり、ボケが進んで会話ができなくなってしまうのだろうか……。


 そう思った矢先、私に一週間の出張の話が出た。行先を聞いてみると、なんと娘がいる街だったのだ。もちろん、会社の連中に私と由利の関係を話したことはないが、まるで“娘に会いに行ってこい!”と背中を押されたみたいだった。だが、今の時点では由利に会う気は全く起こらない。


「君枝。来週だけど、出張が決まったんだ。」

「あら、そうなの。それで、行先はどこなの?」

「それが…由利がいる街なんだよ。」

「まぁ、だったらついでに由利に会ってみたらどう?あの子もしばらく帰ってきてないから、親の顔が見たいに違いないわ。」

「あいつ、俺に会ってくれるのか?」

「何言ってるの?あの子だって、あなたの顔が見たいに違いないわよ。だったら私から連絡する?」

「いや、あいつだって忙しいから帰って来れないんだ。そっとしておいてやれ。」


 数日後、私は出張へ出て仕事に取り組んだ。仕事が終わって滞在先の駅前のホテルに着き、椅子に腰掛ける。


(由利、今どうしてるだろうなぁ…。)


 私が今いる街には、就職で実家を離れた娘の由利が暮らしている。この時も、私は由利に会うことなど考えていなかった。しかし、ここで私が君枝に出張を伝えた時の話を思い出した。


「“ついでに由利に会ってみたらどう?あの子もしばらく帰ってきてないから、親の顔が見たいに違いないわ。”」


(そうだよなぁ。もしかしたら、今があいつに謝罪できる一番のチャンスなのかもしれない……。)


 私は携帯電話を開いて、由利に電話を掛けた。番号は君枝から聞いているが、今までに掛けたことは一度もなかった。


“プップップップッ…プルルルルル…プルルルルル…「ただいま、電話に出ることができません。発信音の後にメッセージをどうぞ。」”


 由利は電話に出なかった。向こうには番号が残るはずだから、気が付いたら掛け直してくるだろうと思い、こちらから掛け直すことはしなかった。

 だが、それからいくら待っても由利から電話は掛かってこない。そこで、私はメールを出してみることにした。当然、娘にメールなど十数年以上したことがない。ゆっくりと携帯のボタンを操作し、送信した。


「“今、出張で駅前のホテルにいる。せっかくだから二人で飲まないか?”送信と…。最初からこうすりゃ良かったんだよな…まぁ、これであいつが反応してくれるかどうかは別だがな。」


 この日は寝る前まで由利から電話やメールが来ることはなかった。翌日、仕事から戻ってスマホを見ると、一件のメールが届いていた。相手は昨日メールを送った由利からの返信だった。


“明日なら会えるよ。どこで会う?”


 メールは正しく送られていたようだ。私は由利に待ち合わせ場所と時間を返信した。由利から反応があり、出張の最終日までに間に合ったのは良かったが、すぐ返事しなかったのは、やはり私からの連絡に警戒していたのだろうか。

 翌日の夜、出張の全日程を終わらせた私は娘との待ち合わせ場所に指定した居酒屋で先に待っていた。すぐに目が合わないよう、入口に背を向ける。


(由利の奴、見ないうちにどれくらい変わっちまったんだろうな…。)


 私は由利の姿を色々想像してみた。きっと、親が見ていないから食が進んで丸々と…おっと、失礼。


「お父さん…。」


 私は背後から呼びかけられ、ゆっくりと振り向いた。すると、そこには一人の女性が立っていた。そう、その女性は紛れもなく私の娘、由利が来てくれたのである。会社からの帰りでスーツを着用していた。


「由利…。」

「アハッ!やっぱりお父さんだ。久し振りだね。元気にしてる?」

「お前も元気そうだな。まぁ、こっちに座ってくれ。」

「うん。」


 由利は私の前に向き合うように座った。こうするのも十年振りだ。


「俺から連絡があってビックリしなかったか?」

「うん。ひょっとして、お母さんに掛けようとしたら間違えて私に掛かっちゃったのかと思ったよ。でも昨日、メールが来たから本当だったって分かった。無視しちゃってごめんね。」

「いや、いいんだ。お前に電話だなんて掛ける機会なんかなかったからな。間違い電話だと思われても無理ないよ。」


 由利は特に不機嫌そうな顔はしていない。私と会うことには躊躇いはないようだ。私と由利はまずビールを注文した。


「さぁ、飲もうか。」

「うん。乾杯!」


 私と由利はビールが注がれたコップを打ち鳴らした。由利はビールを勢いよく喉の奥へ注ぎ込んだ。


「んっ、んっ…はぁ~っ!やっぱ仕事終わりの一杯は最高だね。」

「お前、豪快だな。そんなに飲めたのか?」

「そうよ。上からは無理難題を押し付けられるし、下は言うことを聞いてくれないんだもん。そりゃ飲まないとやっていけないわよ。」

「そうか、お前も大変なんだな。」


 由利は酒の勢いもあってか、まるで別人のように仕事の愚痴を吐きまくった。これは由利が実家にいた頃には考えられなかったことだ。だが、私はそれでも十数年振りに、娘との直接の会話ができて嬉しかった。


(よし。今なら言えるかもしれない。)


 私は由利の様子を見て、今なら話せると思い、永年悩んできたことを打ち明けた。


「由利。父さんな、お前に謝りたいことがあるんだ。」

「えっ?お父さん、急にどうしたのよ。」

「お前が俺のことを嫌ってたんじゃないかって…もしかしたら、俺がお前に嫌われることをしてしまったんじゃないかってずっと思ってたんだ。だから、こうして会ってくれるか不安だったんだよ。」

「ど、どうして…。」


 私が由利に謝ったのはこれが初めてだ。当然、由利が戸惑うのも無理はない。


「ほら、お前が高校生だった頃、門限を破って遅くに帰ってきたことがあっただろ?あの時、俺、お前に激しく怒鳴っちまった。でもお前は無視して自分の部屋に入っていったよな?」

「えっ?そ、そうだったっけ?」

「俺、あの後で母さんに怒られて、お前が遅く帰ってきた理由を聞いたんだ。演劇部の定期公演があってその稽古に必死になってたんだよな。俺、悪いことをしたなと思って謝りにお前の部屋に行ったんだ。でも、部屋の前でお前の本音を聞いてしまったんだよ。」

「私、お父さんのこと、何か言ったかなぁ…。」


 由利は完全に忘れているようだった。私はここで、由利が言ったことを話した。


「お前、“お父さんなんかこの世にいなくてもいいのよ。強がってるくせに、どうせ本当は弱いんだから”って言ったんだぞ。お前は俺の本心を見透かしていたんだ。だからあれから、俺はお前に嫌われていると感じて、お前とは面と向かって話しにくくなってしまったんだよ。情けない親だ…。」

「ああ…あの事だね。なぁんだ。ハッハッハ…。」


 由利は思い出した途端、急に笑い出した。私は何故由利が笑うか分からなかった。


「お父さん、私が本気でそんなこと言ったって思ってたんだ。」

「どうして笑うんだ?俺、お前に嫌われたと思って、ずっと真剣に悩んでたんだぞ。」

「私、演劇の脚本担当だったのよ。寝る間も惜しんで書き上げたんだけどね、実際に演じてみたらやり直しを言われたの。それで、娘が友人に自分のお父さんのことを話す時のセリフを考えてたのよ。部屋に入ってすぐに思い付いたのが、“お父さんなんかこの世にいなくてもいいのよ。強がってるくせに、どうせ本当は弱いんだから”だったの。それをてっきり本音だと思ってたみたいだね。」

「そうだったのか。ハハハ…長いこと悩んで損しちまったよ。」


 私は由利があの言葉を発した理由が分かって安心した。ちなみに、私は由利が所属していた演劇部の公演は見たことはない。私が演劇に興味がなかったのに加え、由利から観覧のお誘いがあるのは決まって妻だったからだ。

 由利があの時発した言葉は本心ではないことが分かった。しかし、私は気になっていることがある。


「由利。お前、俺のこと嫌いか?」

「何言ってるの?私は今も昔もお父さんが嫌いだなんて、これっぽちも思ってないよ。」

「でもお前、小さい頃は俺によく懐いてたけど、大きくなるにつれてだんだん離れていったんだぞ。やっぱり、女ってそんなものなのか?」


 由利は鼻から息を吐いて、顔をうつむかせた。


「私、お父さんと仲良くしてるのが普通だと思ってたの。親子だから悪いことじゃないのに、友達に話したら、みんな“そんなの絶対おかしい”だとか“調子に乗るから離れた方がいい”って言われたんだ。みんな、ある程度経ったらお父さんから離れるみたいだから、親子ってそういうものなのかなって思って…私もお父さんと距離を置くようにしたの。最初は違和感あったけど、だんだん慣れたら気にならなくなっちゃったんだ。」

「だからあの時、俺が怒っても返事しないで素通りしたんだな?」

「あれは…演劇の脚本を書き直すことでいっぱいだったしさ、それに、お父さんて一度怒るといつ収まるか分からないぐらい長くなるんだもん。下手に絡まない方が身の為だと思ったのよ。」

「そうだったな。俺、お前らに注意する時、けっこう長かったよな。」

「でも、お父さんには悪いことしちゃったかな…。」


 どうやら由利は、自分と友人たちの間で父親に対する考えや認識のズレを非難されたことに戸惑い、それに合わせようとしたのかもしれない。本当は私と良い関係でいたかっただけに、辛かったに違いない。


「お父さん。素っ気ない態度を取っちゃって…それに、誤解させることを言って長いこと悩ませてしまって、ごめんなさい。」


 由利は私に向かって深々と頭を下げた。私は別にここまでされるつもりはなかったので戸惑ってしまった。


「由利、やめてくれよ。俺が勘違いしてただけなんだからさ。むしろ、謝らないといけないのは俺の方だ…。俺こそ、ごめんな。ほら、どうせ明日は休みなんだろ?今日は無礼講だ。辛いことを忘れて、とことん飲もうじゃないか。」

「うん、そうだね。私が注いであげるね。」


 由利は由利は私のグラスにビールを注いでくれた。そして、自分のグラスにビールを注ぐとまた豪快に飲み干した。私は由利の屈託のない笑顔を見られて嬉しかった。由利もまた、久し振りに親の顔が見られて嬉しいと思っていることだろう。あっと言う間に閉店時間が迫り、由利も満足したところで店を出た。


「そういえばお父さん、あと数年で定年だけど、これからどうするの?」

「俺はまだまだ元気だ!動けなくなるまでは俺も現役だ。どこか長いこと働けるところを探すよ。」

「もう強がっちゃって、無理しないでよ。」

「ああ、お前も頑張るんだぞ。それに、何か困ったことがあったら、いつでも相談に乗るぞ。俺はお前のお父さんだからな。」

「分かってるわよ。あ、お父さん、あのね…。」


 由利は私に何か言いたげな顔をし、手招いた。私は由利に顔を近付けた。


“チュッ!”

「おわっ!何するんだよ。」

「ウフッ!一度やってみたかったんだ。」


 由利は突然、私の頬にキスをしてきた。これには私もびっくりして目を見開いてしまった。


「お父さん、大好きだよっ。アハハッ!」

「こいつ、調子に乗りやがって…まぁいい。由利、気を付けて帰るんだぞ。」

「お父さんも気を付けてね。バイバ~イ!」


 私は姿が見えなくなるまで由利を見送った。そして私も滞在中のホテルへと戻ったのである。事の真相が明らかになっただけあって、足取りは軽い。


(由利、大人になっちまったなぁ…。)

 

 こうして、私は永年抱いた娘への誤解を解くことができた。反省しなければならない点もあるが、これからは由利と再び仲良くやっていけることだろう。私は満足しながら家へと帰っていった。玄関では妻の君枝が私を出迎える。


「ただいま。」

「あなた、お帰り。由利に会ってきた?」

「ああ。元気そうにしてたぞ。それに、由利に謝ってきた。」

「えっ?謝るって何を…。あなた、由利に何か悪いことでもしたの?」

「いや、それは俺が誤解してたってことが分かったんだよ。」


 私は君枝に事の経緯を話した。しかし、君枝は由利が高校生の時に門限を越えて帰ってきて、私が怒鳴ったことをすっかり忘れていたようだ。


「まぁ、よく分からないけど、それで誤解が解けたんだから良かったんじゃないの?」

「そうだな…。これで長いこと背負ってきた肩の荷が下りたよ。」


 この時、私は由利がいつ帰ってくるのかを楽しみにしていた。そして数ヵ月後、由利は長期休暇で実家に帰ってきた。


「ただいまぁ。」

「お帰り。疲れたでしょ?」

「お父さんは?」

「えっ?ああ、いるけど、どうして?」


 私は玄関に出て、妻と共に由利を出迎えた。私が由利を出迎えたのも久し振りだ。


「おお、由利。お帰り!」

「あ、お父さん。ただいまぁ!」


 由利は急に私に抱き着いてきた。まさか抱き着かれるとは思いもしなかったので、これには私も妻もビックリした。


「お、おお。由利、どうしたんだよ?」

「ごめん。お父さんの顔が見えたら嬉しくなっちゃってさ…。」


 妻がお茶を用意する間、私は居間のテーブルのイスに座ったが、由利はその隣に腰掛けたのだ。今までは妻の隣にしか座らなかったので、これには驚きだ。


「お、おい。どうしたんだよ。」

「えっ?娘がお父さんと仲良くしちゃダメなの?」

「そうじゃないけどさ…。」

「ならいいじゃない。」


 妻はお茶を用意し、居間に戻ると、私と由利の様子に目を見開いた。


「ちょっと、由利。どうしちゃったの?そんなにもお父さんに近寄っちゃって。」

「えっ?別にいいじゃない。親子なんだから。ねっ、お父さん。」

「お、おお…父さんは嬉しいぞ!」


 私は由利の変貌ぶりに戸惑った。妻は何かを疑うような目で私を見た。


「ふぅん。あなた。ひょっとして出張の時に、由利に会って変なことしてないわよね。」

「馬鹿言うなよ。俺は居酒屋で由利の仕事の愚痴を聞いてやっただけだ。なっ、由利。」

「そうだよ。私、久々にお父さんと話ができて楽しかったの。」

「それならいいけど…由利、あなた変わりすぎよ。」

「そんなことないよ。私はいつも通りだよ。ねっ!お父さん。」

「お、おお…そうだ。どこがおかしいんだ?」

「まぁいいわ。父と娘が仲いいのは悪くないからね。由利、今のうちに甘えておきなさいよ。」

「うん!」

(お、おい。やめさせないのかよ!)


 私は永年抱いてきた悩みが解決したが、また新たな悩みが勃発したような気がして不安になってしまった。


(終)

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