イケメンを拾ったが言葉が通じないので日本語を教えてみた。
ずっと前に投稿したものを修正しました。
それはある夏の日、突然のことだったーーー
大学自体はとっくに夏休みに入っていたけど、わたしは別段やることも見出だせずにクッションに体を預け図書館で借りてきた本をぼーっと眺めていた。
~愛され女の10の法則と恋の魔術~なんてわたしも思いきった本借りたなぁ、と今さら冷静になってきた頭で考えて、そっと目をやった章のタイトルは、<魔術で彼の心を手に入れるには>だ。
決して魔術に興味がある、とか中二病、というわけでもなく、ただひたすらに破れた恋を諦められないだけ。
それでも夏休みの3分の1ほどを費やし、ようやく現実に戻ってこれたような気がする。だからこそ、更にパラパラとページをめくった先に描かれた魔法陣と呼ばれる五芒星の入った丸の記号をつつ、と何の気なしになぞったのだ。
決して、信じていたわけではないのに…。
本を閉じ、背すじを伸ばして体をほぐすと外はすでに夕方になっていた。気分転換に少し豪華なものを作ろうとスーパーへ行き、いろいろ買い込み、重たい袋を持ちアパートへ帰る。
マンションのオートロックを開け、エレベーターで3階に上がり、共用の廊下を進み、5部屋分のドアを通過した先の角部屋がわたしの小さな城だ。ドアにたどり着くまでにポケットから鍵を出し、顔をあげたところで買い物袋を落とした。
「………はい?」
だって。あまりに驚いたから。
「え、あ、の…だ、大丈夫ですか?…ちょっと…!!聞こえますか?!」
わたしは、わたしの部屋の前に倒れていた見知らぬその男に駆け寄り、声をかけた。
あ、息はしてる…。
って、とっさに近づいちゃったたけど、なに?だれ?この人!危ない人だったらどうしよう…!?
あ、でも高い鼻に長いまつげ。サラサラの黒髪。イケメ…じゃなくて!!!
…なんか変わったファッションだなぁ。コスプレ?
でも、少し指先で触れてみたその服は、すごく高そうな生地で初めての触り心地。しかも、肩に金糸のふさふさがついていてボタンもピカピカ…。まるで王子様みたい…。
とりあえず息をしていると確認できたことで余裕が生まれ、じっくりと観察してしまった。そして彼の襟元からシャラリ、とこぼれ出ている金色に輝くペンダントが目に入った。
あれ、このペンダントって…?
「○◎…!◇、◇※▽…??…」
「っえ?!」
びっ、くりした…!ペンダントに気をとられている間に目を覚ましたらしい。
「今、なんて?あなたは誰なの?どうやってここに?」
「、◇▽…※?……◎◇、……」
「えっ?ちょ、ちょっと?………寝ちゃった?」
どうやら彼は相当疲れているらしく、バタリ、と寝てしまったようだった。なんと言ってるかわからなかったことと、チラリとこちらを見た瞳の色が紫だったことから外国人だと思う。髪もよーく見たら黒というより、濃紫色のようだ。でもそんな色を持つ国なんて知らない。言葉も英語やフランス語ではなさそうだった。
「……とりあえず、ご飯作ろう!」
うーん、悩んでても仕方ないか!我ながらのんきなことだとは思うが、腹が減ってはなんとやら。彼も病気やケガがあるって訳じゃないみたいだし。さっき彼のお腹からかすかに聞こえたあの音もそれを望んでいるようだった。
そうしてわたしは、なんとか彼を家に引っ張り込み、その辺に転がしたまま料理を作った。1時間後くらいだろうか、出来上がった料理をローテーブルに並べ、ゆすって起こすとビクッと飛び起きた彼は、どうやったのか、目にも止まらぬ速さで部屋の隅まで飛びのいた。
と言っても大学生が一人暮らしする普通広さの1Kだ。わたしと彼の距離はそんなに遠くない。俊敏な動きと警戒丸出しな彼の顔に、すごくびっくりしたけど、わたしも彼もお腹が空いていた。それに彼もさっきドアの前でわたしに会ったことを思い出したんだろう。警戒が、戸惑いに変わったような気がした。
「…えーっと…、大丈夫だから。食べよ?座って?」
とりあえずヘラっと笑って座り、彼を手招きする。知らない人に、食べ物をもらう、しかも手作りって、ハードル高いかも?と思って、彼が来るのを待たずにスプーンを手に取り一口、食べてみせる。
「ん~!!!おいしい!最高の出来!!」
今日のメニューはわたしの大好物で自信作のビーフシチューだ。今は真夏だけど…、元気がないときはこれに限るし、作っている時間は何も考えなくていい。食べてる時間も。
ついうっかりすぐそこに立っている彼のことも忘れてシチューに夢中になっていたら、そろりと彼が近づいてきた。クッションをぽふぽふ叩いて座れアピールをしてみる。
「はい、どうぞ。スプーンは…使えるよねさすがに」
スプーンを持たせ、バゲットを差し出す。一応わたしが食べているのを見ているから、万が一食べ方がわからなくても大丈夫なはずだ。腹の虫は料理を目の前に一層騒ぎだしていてかわいそうなくらいだ。彼も覚悟を決めたのか、えいっと効果音がつきそうな勢いでスプーンを口の中へ運んだ。じっと観察していると、きれいなアメジストの瞳が零れ落ちそうなくらい見開かれて、手が震えだした。
「え、え?まさか口に合わなか…」
異常な様子に心配しているとそこからは、ものすごいがっつきようでバクバクと食べ始めたので、何も話しかけられなかった。でも、これまでと表情が変わり、眉尻が下がっている様子からおいしいと思ってくれていることはわかって、私もニコニコしてしまった。ポテトサラダやバゲットも食べるように手で指し示し、その通りに口に運びその都度目を見開く彼を見ていると幸せな気分になってきた。すぐに食べ終わってしまう彼に何度かおかわりまで提供して、彼の食欲が落ち着いたところで、アイスティーを飲ませ、やっと自己紹介してみた。
「ごちそうさま~。じゃあそろそろ名前を聞こうかな。
あなた、名前は?」
「………?」
「あー、そっか…日本語わからないんだよね?
わたし、さ り な!ほら、言って? さ り な」
と、自分の顔を指差して大きな口で伝えてみる。
「…シヤ、リー ナ…?」
ちょっと言いにくそうに眉根を寄せながらもたどたどしく彼の口から発せられたわたしの名前。ちょっと洋風なアレンジがきいてるけど、ともかくまずはコミュニケーションが図れたことに喜びが湧いて拍手する。
「そう!紗里凪」
「シャリーナ」
「うんうん、あなたは?わたし、紗里凪。あなた、名前」
今度は彼の番だろう。わたし、のところで自分を指差し、あなたのところで彼を指差すと、彼は心得た、とばかりに一度頷いた。
「アルシェイドゥラ・ディミーリオン・バトゥールシュ」
「へっ?あ、あるしゃ…ら?」
そのあまりにも長く、聞きなれない音に思わず噛んでしまう。というか噛まないで言えるわけがないし覚えられもしないだろう。
「アルシェイドゥラ」
恐らくファーストネームらしき部分だけを彼がもう一度教えてくれた。
「ア」
「あ」
「ル」
「る」
「シェ」
「し、しぅ?」
「シェ」
「しゅ、…しぇ!あ、る、しぇ?」
「…!!」
彼の発音に被せるように声を出すが、長さだけではなく、日本語にはない音がなかなか難しい。なんとか繰り返した最初の何文字かで彼が満足したような笑みを見せたので、思わずドキッとして嬉しくなってしまったが、彼にはバレていないと思いたい。
それから、世界地図を引っ張り出してきてアルシェにここが日本であることだとか、どこから来たのかという話をしようとしたらアルシェがその地図にものすごい興味を見せたり、ほかにもテレビや電気、シャワーにも食い付いてきたり。
「しゃわー…!◇※…◎◇▽??」
興味津々なのは子どもみたいで可愛い。でも見た目はすごくイケメンで、そのギャップがまた…じゃなくて!ともかく知識欲の塊と言ってもいい彼にわたしは日本語を教えることにした。
「あ、い、う、え、お」
最初にわたしの名前を呼んだときにも思ったけど、このアルシェという人は語学のセンスがありそうだ。
そんなこんなでアルシェが家へ来て1日で50音をマスターしたので、今日はもう少し会話をすすめようと思ってる。なにせ彼の正体は今も不明のままなわけだし。とはいえ、もうすで寝食をともにしてるんだけどね…。
なぜ見知らぬ彼をこんなに信頼して平穏無事に過ごせているのかというと、彼のペンダントに見覚えがあるからだ。もちろんまだ完璧に信じているわけではないけど、彼のペンダントの模様はあの本にかいてあった五芒星と似ていたのが気になる。彼がシャワーを浴びているときに確認したけど、あの時何気なくめくったページの五芒星だったからよく覚えていなかった…。
でも、もしかしたらアルシェは…。
「シャリナ?」
「えっ、あっ、ごめんごめん。聞いてなかった、なに?」
「これ、なに」
突然わたしの意識を現実に引き戻したのはアルシェの声だった。アルシェは物の名前など、簡単な名詞はさっさと覚えてしまい、いろいろなことをわたしに訊ねるようになっていた。その質問に答えていくのは難しいんだけど、結構面白い。今、アルシェに訪ねられたのは漢字だった。アルシェの学習のために図書館から借りてきた絵本の中にあったのだ。ちなみにテレビはアルシェが興奮しすぎるから、つけないようにしている。
「あ、これはね かんじ、だよ。」
「かんじ」
「そう、漢字は便利だよ。1つの形が、音と意味を持つの。」
「…かんじ。…わたし、かんじ、知りたい」
「うん。いいよ。教える。でも、さすがのアルシェでも漢字は難しいよ~」
なーんて、言ってたころが懐かしいな~ってくらい上手になっちゃいました!あれからもう数週間過ぎて、そろそろ夏休みも終わる頃。アルシェってば、なに?天才かなぁやっぱり。絵本を卒業し、挿し絵多めの小学生向け小説を読めるようになり、ある程度はふりがななしでも大丈夫だ。
今日読んでいるのは、王子が囚われの姫を魔法で助けるという内容だ。
「アルシェってほーんと王子様みたい。絵本に出てきてもおかしくないね。ね、魔法ってわかる?」
王子が杖から氷の魔法を放ち、魔王の手下のドラゴンを凍らせるシーンを指差しながら冗談半分で聞いてみた。
「魔法…ある。わたしの国」
「へ~、そっか。やっぱり世界共通なのかなーそうゆうの…って、…ぇえええぇえ??!!魔法?あるの?!」
聞き流しそうになったアルシェの台詞に寝転がっていたわたしはガバッと起き上がる。
「わたしの国…地球、ちがう。わたしの国、名前、バトゥールシュ。バトゥールシュ、魔法、ある」
「えっ…えっ?ま、待って待って?」
バトゥールシュって、どこかで聞いた。どこだっけ。ちがう!それよりも大事なこと!
「アルシェっ…あなたの国は地球じゃないって…?」
「そう、バトゥールシュ、地球ちがう。わたし、ちがうところ、来る」
コクリとその美しい瞳でわたしを見つめるアルシェは嘘なんてつくような人じゃない。実際にバトゥールシュなんて名前の国は聞いたことがないし、地図にもない。初めて彼が家に現れた日着ていた服は見たことがないデザインだった。髪の色も…言葉も…。
「そんな…」
「…シャリナ、」
紫の瞳がわたしを真剣に見つめていた。
「…そう、そうよね。なんで…もっと早く気づかなかったんだろう。
……?アルシェ、あなた魔法が使えるの?それに、それにバトぅーるしゅって確か…?」
アルシェの名前じゃなかった…?もう何がなんなのか…。
「…シャリナ、シャリナ。大丈夫」
そういって混乱するわたしの肩をそっと掴んだアルシェの瞳とわたしの瞳がぶつかって、そしてそこに不安の色を感じとり、ハッとする。アルシェの瞳に映るわたしは泣きそうな顔で、そして、それ以上にアルシェが悲しそうにしているのに気づいたのだ。
「シャリナ、…泣く、だめ」
「な、なかないよ…」
アルシェの手がわたしの肩を離れ、頬に触れ目尻にそっと指先が撫でた。わたしはその手を掴んで1つずつ、彼のことを知るための質問を始めた。
「じゃ、アルシェは王様の子ども。兄弟がたくさんいる。
それから、アルシェの国は戦争が終わったばかり…。兄弟の中で、次の王を決める。それで試合することになった。でも、アルシェが王様はいや。」
「そう…でも兄弟、考え、ちがう。兄弟、言う、うそ。わたし、部屋の中、出るできない。魔法、できない。人、いない。わたし、食べない、寝ない…もうだめ、思う。すぐ、ここ。シャリナ、会う」
それって、つまり兄弟に騙されて死にかけたってことだよね。
「アルシェ…何て言ったらいいのか…。…大変だったね。」
どうやら王位継承争いのためにどこかに閉じ込められたアルシェは極度の緊張と栄養や睡眠不足のために倒れたところでこの世界にやって来たということらしい。なんていいタイミングだったんだろう。アルシェが死んでしまわなかったことにとても安心している自分がいることに気付いた。たったの数週間しか過ごしていないけれど、アルシェの存在はわたしの中ですでにとても大きくなっていた。でもその気持ちにはすぐ、蓋をすることになってしまう。
「…わたし、国、思う。大丈夫か。」
「っ…!…そ、そうだよね。心配だよね。どうしたら国へ、その、アルシェの世界、へ、…か、帰れるのかな…」
自分勝手なわたしはそのことを考えたくもなくて、言葉がとぎれとぎれになってしまう。でもアルシェは首を振って答えた。
「わたし、この国、この世界、知りたい…。今、かえる、考えない。」
「えっ?そんな…。でも…」
「理由、ある。この…漢字。これ、魔法、必要。」
「ええっ?!」
驚いたことに、アルシェの世界で古代魔法には漢字が使用されているらしい。だから、国へ帰る前にもっと漢字を勉強したいということだった。それに、魔法を使うには魔力が必要で、地球ではその魔力が全然集められないらしい。空気中には一応薄い魔力があるみたいだけど、呼吸によって少しずつしか取り込めないから時間がかかるんだって。もしくは魔法石っていう魔力の溜まった石を使うしかないみたいだけど、アルシェは監禁されていたからそんなものは持っていなくて。
すぐ帰ると言うと思っていたから、その話にこっそり安心している自分もいた。
馬鹿だよね…。長く一緒にいたら、あとでつらくなるだけなのに…。
でも、いろいろな不安を抱えて、それでも国のために頑張って勉強しているアルシェのために、わたしも協力してあげなきゃ。
乗り掛かった船ってやつ!
「よーし!じゃあビシバシやるよ!まずは買い物だ!」
「買い物…?」
「そうだよ!さっ!いこー!」
アルシェが家にまだまだいるってことだし、今よりもっと男物の服を買わなくちゃ。それに、今はまだ休みだけど、これからわたしは学校に行かないと。その時はアルシェに買い物してもらうことも考えているから、慣れておいてもらいたいのだ。
「これはサーモン、わたしが好きな魚だから覚えて!」
「わかった」
「お金を払うことをお会計する、って言うよ。それからあのお金をいれたり出したりする機械はレジ。カタカナの言葉は難しいから少しずつ覚えよう」
「わかった。…シャリナ」
「ん?」
「ありがとう」
にっこりと微笑む彼の笑顔にギュッと心を掴まれたような痛みと温かさが走る。ああ…このままじゃ本当に好きになっちゃいそうだよ。
そして残りの夏休み数日のうちに、魔力がいっぱい出ていそうなパワースポットに行ってみたり、元カレにばったり出くわしたり、アルシェがショッピングモールで女の子に囲まれたり、いろんなことが起きたこの夏の経験を忘れられなくて、私は日本語教師を目指すんだけど…、それはまた別のお話!
話が始まるところで終わっているのは、完結させる自信がないからです…。
もし続きを書くなら、主人公が異世界に行くバージョンになるかなと思います。