甘く長い口づけを
先生の挑発的な言葉に耳朶を撫でられ、頭の中が蒸発してからっぽになりそうになったが、なけなしの理性を振り絞った。
「や、やめときます……」
「前に一回見たから?」
「違います。その……何ていうか……もっと恋人っぽいことやってみたいですね」
「たとえば?」
「そうですね……この辺だと無理だけど、隣町の喫茶店で何でもない話をするとか……あと景色のいい公園に行ってのんびりするとか……」
「……つい初心を忘れていたわね。ごめんなさい」
「いえ、僕もつい変な妄想しちゃってたから……」
「そこは正直なのね」
「唯さんの前だから」
「……ねえ、少しだけ恋人らしいこと、してみる?」
唯さんは髪をかき上げ、僕の頭を両手で挟み込んだ。
ひんやりした掌の感触が気持ちよくて目を細めると、先生の濡れた二つの瞳がすぐ傍に見えた。
まだふわふわした気分のまま少し下にある唇に目をやると、カウントダウンのように3・2・1と近づいてきて、やがて0になった。
「…………」
「ん…………」
そんなに長い時間ではなかったと思う。
でも、永遠のような一瞬という表現を、僕はようやく理解できた。
この甘い感触はしっかり脳裏に刻み込まれて、いつまでもその形を保っていられそうだった。
顔を離すと、唯さんはすぐに俯いた。
「……今は見ないで。私、すごくニヤついているから」
「それはすごく見てみたいんですけど。見せてくれませんか?」
「……いじわる」
そんな唯さんの頭を優しく撫でると、じんわりした温もりを感じた。
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「……ふぅぅ、良い時間だったわ。まるで夢みたい……夢じゃないわよね……うん、痛い。夢じゃないわ」
「喫茶店か……検索しておかないと」
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「やばい……可愛すぎる。あんなに可愛いだなんて……いや、知ってたけど、あそこまで可愛いなんて……」
「と、とにかくデートの仕方を検索しておかないと!!」
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その日も先生のモーニングコールで目を覚ました。
今度は一人ではしゃいでいる姿を母さんに見られないように注意しながら、支度して学校に行くと、下駄箱で愛美さんと遭遇した。
「おはよう」
「ん、おはよう」
愛美さんはジロリとこっちを見た後、すたすた歩いていった……と思いきや、振り返ってこちらにずんずん向かってきた。
「今日空いてる?」
「えっ、あ、うん……大丈夫だけど」
「じゃあ、今日の放課後に中学の近くの河川敷に来てくれない?私先に行ってるから」
「いいよ。でも、一緒に行ったほうがはやいんじゃ……」
「それだと私の準備ができないから……じゃ、放課後ね」
そう言ったきり愛美さんはすたすたと去っていった。
早歩きがやけに不自然で、つい僕はぼんやり見送ってしまい、チャイムの音に慌てた。




