「好き」
まさか、そんなにいつもと違ったのだろうか?
落ち着かない気持ちで周囲を窺ってみたけれど、特に何かがわかるわけでもない。
「……祐一君、何かあった?」
「はぅわっ!」
「わぁ!び、びっくりしたぁ……そこまで驚かなくてもいいじゃない」
「あ、あぁ、ごめん。おはよう、愛美さん」
「おはよう、てかどうかしたの?朝からそわそわして……」
「えっ、あっ!そうだ!一限目の授業行かなきゃ!」
「あっ、ちょっと……一限目は古文だから教室移動ないんだけど……怪しい」
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「「あっ……」」
とりあえず別の階のトイレで落ち着こうとしたら、ちょうど隣の女子トイレから出てきた先生と遭遇した。
先生も予想外で驚いたのか、目を丸くしている。
このままだと沈黙が訪れそうだったので、僕は思いつくまま口を開いた。
「あっ、先生……今トイレいってたんですか?」
「浅野君、その質問はさすがにデリカシーがなさすぎると思うわ」
「すいません……」
何を聞いているんだ、僕は。混乱気味とはいえヤバいだろ。
「……ごめんなさい」
「え?」
突然呟かれた謝罪の言葉と共に、先生は申し訳なさそうな表情を見せた。
「今朝は少し浮かれていたわ。むしろ今から気を引き締めなければならないのに……」
「……僕もです。いつもどおりにできてると思ったんですけど」
「ふふ、気をつけなくちゃいけないわね」
「先生、ちょっと嬉しそうですね」
「もちろん。こういうの憧れてたの。次からは注意するけれど」
「僕も気をつけます」
「ふふっ、君がポーカーフェイスを頑張っているのを見ちゃったら、吹き出しちゃうかも」
「そんなぁ、勘弁してくださいよ……」
「うふふ、あらいけない。こういうのを直さなきゃいけないのにね」
「あはは……でも、先生と話してたら何か安心しました」
「そう、ならよかったわ。あっ、そろそろ行かなきゃ」
「僕もです。はやく教室に戻らないと」
「じゃあ、居眠りしないようにね」
「はい、気をつけます」
頷きあってから、それぞれの方向へ歩き始めると、背後から声をかけられた。
「浅野君」
「はい?」
先生はこちらに微笑みを向け、小さく唇を動かした。
その動きを見ていた僕は即座にそれを理解して、顔が赤くなるのを感じた。
『好き』
その一言だけ残して、先生は僕に背を向けた。
見えなくなるまで見とれていたかったけど、油断してはいけないので、僕も教室へと向かった。
……次の授業、大丈夫かなぁ。これしばらく顔赤いと思うんだけど。




