秘密の恋人
枕元で携帯が震えている。
その事実を認識し、のろのろと携帯を手に取り、画面を確認すると、セットした目覚ましではないと思い出し、慌てて通話ボタンを押す。
「おはようございます!!!」
「おはよう、朝から元気ね。でもそんな大きな声を出したら君のお母さんがびっくりするんじゃないかしら?」
「あっ、すいません……つい……」
「ふふっ、でも嬉しいわ。そんなに喜んでくれるなんて」
「当たり前ですよ。だって……先生からの電話だし」
「ぐっ……いきなりそんな可愛いこと言わないで頂戴。うっかり抱きしめにいきたくなるから」
「あはは、それは嬉しいですね」
「君も言うようになったわね。じゃあまた後でね」
「はい。じゃあ先生、いってらっしゃい」
「ええ。いってきます」
通話が途切れると、朝から先生と話せたという充実感と、会話が終了した寂しさが同時に胸の中から溢れだした。
……やばい。可愛すぎる。
余韻と共に昨日のことも思い出す。
先生から昨日言われた言葉……
『今日から私達は秘密の恋人。二人しか知らない二人だけの関係』
言葉そのものもそうだが、あの時の甘ったるい響きに、思い出すだけで心がとろけそうになる。
やばい、僕は浮かれすぎじゃなかろうか……。
口元に手を当て、にやつくのをこらえようとしていると、ドアの隙間から母さんが顔を覗かせていた。しかも、その表情はドン引きだ。
「あ、あんた、朝から何にやにやしてんの?」
「…………」
朝っぱらからこれはやばい。本当に注意しておこう。
窓の外の雀の鳴き声がやけに大きく聞こえた。
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ニヤニヤを何とかこらえながら登校し、朝のHRを迎えると、先生が一回だけしっかり目を合わせてきた。
これは昨日の帰りに先生と電車でした約束の一つ。
あまり露骨に目を合わせていたら、どちらかの反応(主に僕の反応)で周りにばれてしまう。でも、赤の他人のふりは寂しいし、それはそれで不自然……というわけで、一回だけしっかり目を合わせることにした。
「それじゃあ、一限目に遅れないように」
ホームルームを終え、教室から出ていくその後ろ姿を見送っていると、後ろの方から声が聞こえてきた。
「今日先生、いつもと様子違わない?」
「だよね。ちょっと顔赤いというか……」
「具合悪いのかな?」
……えっ?
思わぬ指摘に僕は思わず振り返ってしまった。
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「いけないわね。にやけるのをこらえそうにしてたら、つい眉をひそめてしまったわ……祐一君も少しにやついていたし……でも、それは喜んでくれてるってことよね」




